ネットビジネス 営業雑感NO.261

 これまで、数回にわたって資本主義について考えましたが、今回取り上げるネットビジネスは、資本主義の究極の姿と考えています。つまり、ネットビジネスにおける全ての価値は貨幣価値に換算されます。但し、その貨幣価値とは、為替の存在する各国通貨ではなく、電子通貨に代表されるネット社会共通の貨幣となります。更に、ネットビジネスにおいては、多数決によるディファクトが形成され、ディファクトに価値が集約されていきます。小生は、ある意味、多数決による貨幣価値の集約という構造を持っているのがネットビジネスの実体と捉えています。

 ネットビジネスと現実のビジネスとの一番の違いは、個人が重視されることです。個人重視というより、個人ありきと考えるべきかもしれません。これまでのビジネスの主体は「会社」という組織でした。一方、ネット社会では、SNSでのインフルエンサーの登場に顕れていますように個人がビジネスの主体となります。従って、個人の能力が価値に直結するような記者による取材記事や、私小説的な日常表現、芸術分野などは、個人が自由に発表することが可能になりました。既に活性化している音楽分野を例にお話します。これまでは、各種コンクールなどの登竜門をくぐり抜けるか、音楽事務所のスカウトなどを経て歌手デビューしておりました。ネット社会においては、個人でビデオなどを作成し、自ら自由に流通させて、多数の支持を受けることで、従来の業界の仕組みを無視して歌手デビューできます。そして、デビュー後もCDなどの媒体販売に頼ることなく、ダウンロードという手段で直接ファンに音楽を提供できます。勿論、画像編集や編曲、オーケストラとの共演など旧来の会社組織の助けが必要と思われますが、こちらも、それぞれの分野でのプロが個人として歌手をサポートできますし、それこそAIが発達していくことで、歌手一人で全てをこなせることも可能になるかもしれません。このように、ネットビジネスにおいては、これまでの会社組織中心のビジネスを個人中心のビジネスに変換することが可能になります。但し、一定の生産数が必要となる商品の場合だけが、これまでの経済の仕組みで販売されることになります。

 会社から個人に経済主体が置き換わったネットビジネスには、米国型資本主義において重用された株主の存在がありません。株主による投資にかわり出現したいるのがクラウドファウンディングです。個人の意思で自由にビジネスを行い、個人の意思で支援を行うという構造こそが、究極の資本主義と考えた次第です。

 ネットビジネスにおいてのもう一つの特長は、貨幣価値にあります。ネット通貨は、国家の保証がありません。現在の貨幣は、国家がその価値を保証する信用通貨です。ところが、ネット通貨とは、民営企業の発行する信用通貨です。ですから、通貨を発行している会社が倒産すれば、その貨幣価値は一瞬にして消えてしまします。勿論、国家が滅亡してもその国家が発行している貨幣価値は失われます。しかしながら、企業の倒産とは、根本的に異なることは自明の理です。そこで、救いとなるのが、前述のディファクトです。ネット通貨のディファクトがいずれ決まると思います。

 上記のようにネットビジネスは、現実社会での仕組みとは全く異なる構造を持っています。加えて、法整備、納税制度などの完成された国家形成のしくみは、これからの課題です。フェイクニュースやヘイトなど話題になっておりますが、ネット社会の新しい秩序が確実に誕生すると考えております。その際には、以前から申しておりますように、時間と国境を越えたものとなる筈です。しかしながら、ネット社会は、個人ありきですので、真偽・正邪の判断含めて「At Your Own Risk」にあることを肝に銘じるべきでしょう。

以上