今回は、前回、資本主義の罪として取り上げました拝金主義について持論を纏めます。広辞苑によりますと「拝金 金銭を無上のものとして崇拝すること。金銭を甚だしく大切にすること」とあり、拝金主義という言葉は掲載されていません。敢えて、小生が使用したのは、資本主義には、この拝金思想が内在していると考えたからです。
小生の考える拝金主義とは「全ての価値を金に換算して考えること」としています。これは、業績を最優先とする米国型資本主義とは、非常に相性のいい考え方です。以前、本雑感でも触れましたが、既に、米国では、収入の多さで人の価値を決めるしくみが定着しております。一番、わかり易い例が、大谷翔平の移籍で話題になっています大リーグの年俸制度です。一番上手い選手に一番高い年俸をという考え方に基づいてはいますが、観客動員数や広告収入なども加味してスター制で評価されています。更には、米国型スポーツにおいては、優勝した際の報償も我が国とは比べものにならない報償金が出されます。スポーツに限らず、弁護士、大学教授、研究者、経営者など、個人能力が鍵となる職種においても報酬次第で、その人的価値が計られています。
この個人能力を金に換算するしくみ「能力主義」が出来あがった背景は、歴史にあります。欧州から移住した清教徒によって建国された新興国である為に、国王や領主という貴族階級がいません。従って、血筋による階級は存在しません。更に、清教徒は聖書を信仰の拠り所としていた為に、カトリックのローマ法王や教会の権威も存在していません。フランスでは市民革命によって勝ち取った市民権を建国当初から持っていました。経済の面でも、過去のしがらみや商売の繋がりもなかったことから経済原則としての自由競争が当たり前となりました。
貨幣的価値に置き換えて考える「拝金主義」は、ある意味、全ての物事を一定の価値基準に置き換えて判断できますので、万人に判りやすいといえます。又、経営だけでなく、政策にも適用されますので、それを徹底することは、一つの理想的な社会通念のあり方でもあります。
しかしながら「拝金主義」の持つ落とし穴は、個人の考え方にあります。個人の欲望に金が直結することで、他人への配慮や社会的意義を軽視し、個人利益を優先することになりかねません。この傾向が社会的に拡散していくことで、本来、社会を考えることが本分である筈の政治家や官僚にも蔓延することが、社会への罪と考えています。更には、経済の原則として「金は金のある所に集まる」「儲けと損は均衡する」ということから、経済的格差を助長する傾向があります。
一方で「拝金主義」を善なるものとする為には、全ての価値を貨幣価値に換算する為の情報開示が必須となります。公文書公開の原則や各種統計の充実が求められます。加えて、報道の自由はいうに及ばず、記者の育成も重要なことだと考えています。その意味においては、独立性を強く持ったマスコミの充実も求められます。
以上