資本主義の功罪 営業雑感NO.259

 前回、お話をしましたように、以前は経済政策について、社会主義と資本主義という対立軸がありましたが、ソ連崩壊以降、社会主義国は実質存在せず、全世界資本主義となっています。ちなみに、冷戦時代は、共産党一党独裁を共産主義と位置づけていましたが、ロシアの共産党は、選挙による第一党であり、選挙の方法に疑問が残るものの民主主義を採用しています。一部に軍政国家と宗教国家がありますが、ほぼ全ての国が選挙による民主主義を採用しており、民主主義 対 共産主義という対立軸が曖昧になっています。世界情勢を考える上では、冷戦時代の 民主主義且つ資本主義 対 共産主義且つ社会主義という政治体制と経済政策を一体にした単純な対立軸では語れません。何となく、小生を含めて冷戦時代を知る世代は、共産党支配であるソ連と中国を結びつけて、冷戦時代の延長の対立軸を考えているように思えますが、インド・ブラジルなどのグローバルサウスの台頭のように、複雑に絡み合っているように思えます。その意味では、今こそ我が国独自の外交方針を打ち出すべきではないでしょうか?

 前置きが長くなりましたが、今回は、国家間対立軸ではなくなった資本主義の功罪を考えてみます。資本主義においては「自由な市場競争」ということが叫ばれています。いうまでもなく自由競争を行うことで、消費者が指示した企業が生き残り、企業および産業は、消費者視点で淘汰されていきます。

 ところが、我が国においては、本来、自由競争であるべき経済活動に政治的思惑を持って介入している状況が散見されます。一番、大きなものが補助金です。少子化対策としてのブライダル補助金が話題になっておりますが、これなど少子化を名目として冠婚葬祭業界を助ける為の政治的介入に思えます。コロナ禍での医療機関への補助金も、結果的には、赤字経営で苦しんでいた公的病院が、コロナ病床を確保することで黒字化しました。本来高齢者をケアしている多くの在宅医には、充分な補助金は届いていません。補助金だけでなく、特定の業界について企業の新規参入を制限する法令も存在しています。規制緩和とは、経済活動への政治介入を極力無くすことを目的としています。ところが、この規制を前提とした各種検査や各種申請の判断を行う仕事を本業としている官僚も存在していますので簡単に動いていません。政治家も業界団体との繋がりがあります。更には、国民もある意味「お上任せ」の傾向をもっていますので、積極的に補助金や各種規制を求めている面もあります。これが日本型資本主義の特色と考えています。

 小泉政権は、規制緩和を名分として「自由な市場競争」を目指しており、その為にも株主優先の米国型資本主義への転換を狙っていたと思います。しかし、安倍政権においては「自由な競争」は、お題目としておかれましたが徹底されず、為替介入など、自由な市場競争に逆行するような政策がとられました。為に、資本主義における罪の面が出てきていると考えています。資本主義における一番の罪は「拝金主義」と考えています。つまり、株主優先の企業経営においては業績重視となる上に、株価高騰を目標とするために短期業績向上を求めます。結果、売上高・利益などの数字だけを追い求める傾向が強まります。自由競争と株主利益優先の業績重視がなされることによって、企業経営は事業成績のみを追いかけることになります。ビッグモータのような会社が、多くなっているように思えます。更には、政策介入による不完全な自由競争は、市場における企業の淘汰を阻害します。小生は「企業の永続性」を重視していますが、それは不断の努力により、顧客優先で企業経営をなすことで実現するものであり、企業の淘汰を否定するものではありません。市場における企業淘汰もなされず、業績だけを重視するとなれば、「全ての価値は、お金だけ」という拝金主義を横行させることになります。企業経営における拝金主義は、国民にも伝染しますし、国民の代表である政治家も同じとなります。ここに政治介入の余地が残っていれば、官僚をも巻き込んで利権を漁る構造を産むことになります。

 資本主義における功は、企業淘汰を市場が決めれることが功であり、拝金主義に陥ることが罪だと考えます。対立軸が見えなくなった国際情勢ですが、拝金主義に陥った国家を信用する国は少ないと思います。拝金主義に陥らない政策が求めれると考えますので、政策介入を極力少なくした市場競争による資本主義を目指すのか?公開された情報と明確な基準が明文化された政治介入を許す資本主義を目指すのか?少子化・高齢化をふまえ、経済政策としてどちらの道に進むのか?を明確にすべきと考えます。富国あっての軍備拡充ではないでしょうか?

以上

2023年8月20日 | カテゴリー : 閑話休題 | 投稿者 : csf-ishii