ノルマと不正 営業雑感NO.255

 ビッグモータ社での売上水増し不正がマスコミで取り上げられております。会社全体が社会ルールを無視したかのような今回の行為は、常識を逸しているようにも見えますが、その背景に横たわるものは根深いと考えております。今回は、その点について考察します。

 小生が学生だった半世紀ほど前にも営業ノルマが厳しい業界として、生命保険、証券会社、カーディーラなどが有名でした。これらの会社に友人が就職しますと、早速、勧誘が始まったものでしたし、巻き込まれた家族・親戚も数多くいたと思います。それ以外にも、小生の経験では、お客様からの斡旋販売のクリスマスケーキ、イージーオーダスーツなどがありました。小生は、クリスマスケーキを毎年数十個買って中州に配ってまわっておりましたし、スーツは毎年のように新調しておりました。しかし、これらのノルマ達成に向けての行為は、友人関係や利害関係など売手と買手の人間関係の上に成り立っておりました。

 売上達成ノルマに関する不正が最初に取り上げれたのが、売手と買手の人間関係を悪質に利用した「ネズミ講」販売です。更には、統一教会に代表される「霊感商法」と呼ばれる実体の無い価値を信じさせて法外な値段で商品を販売するものがありました。「ネズミ講」も「霊感商法」も古くから存在する悪徳商法です。

 しかし、今回のビッグモータ社による不正は、これらとは一線を画したものと考えていますが、ビッグモータ社以外にも、同じケースの不正は存在しています。有名なものでは、日本郵政による年賀状販売がありました。バブル期の銀行による異常貸し付けや、地上げ騒動を巻き起こす土地販売なども同様の背景を持つ不正と考えています。少し、意味合いが異なりますが、外食チェーンにおける労働環境問題や、放送局による視聴率優先主義なども同根でしょう。これらの背景にあるのは「成果主義」です。年功序列に対する人事評価制度として華々しく登場し、今では多くの企業で採用されている「成果主義」ですが、運用を誤るとたちまち、上記のようなノルマ達成のための不正の温床となります。

 「成果主義」の持つ危うさの第一は、成果達成責任が担当者に押しつけられることです。本来、企業業績の責任は経営者がとるべきものですが、「成果主義」においては、ノルマを下方展開することによって担当者に責任を分担してしまいます。ノルマを達成出来なかったのは、誰かさんの責任というように管理職が責任回避を行う図式ができあがることこそが、問題だと考えています。加えて、数字だけに強く、現場を理解していない上司になりますと数字しか評価をしませんので、尚更という事態になります。

 更に、厄介なのは「成果主義」が、現場を理解していない上司を生み出すしくみを内包していることです。つまり、「成果主義」においては、数字を上げ続けた方を優秀な者として抜擢し昇進させる傾向がありますので、数字が全ての方を組織として醸成していきます。これに輪をかけるのが、以前にもお話をした「ヒラメ社員」です。自ら数字を上げるのではなく、数字を上げる方に「ゴマをすって」取り入って分け前を貰う方が評価されるという傾向もあります。言い換えれば、部下に対して数字だけを追求する上司が出来上がります。ビッグモータ社は、ここまで行っていると観ています。

 「成果主義」を本来の正しい評価制度とする第一のポイントは、売上などの単年度ノルマを評価するしくみに限定することだと思います。そして、この単年度の成果は、決して管理職登用に連動させないことです。むしろ、管理職登用には、ノルマ未達成の担当者の上司に対して部下育成責任を担わせるなどの部下育成責任の達成度を評価すべきでしょう。勿論、管理職登用にも「成果主義」を採用することはできますが、業績とは別の評価指標を考えるべきで、小生は混乱を避ける為に、「成果主義」とは業績評価に限定したものと定義し、管理職登用は人事考課の別項目としています。

 「ネズミ講」や「霊感商法」のように法規制をかけることは出来ませんが、業績優先の「成果主義」が企業経営において不正の温床となることを理解すべきだと思います。

以上