国防と兵力 営業雑感NO.225

 今回は、岸田総理というより今の自民党による「行政独裁」が顕著にあらわれた防衛大綱の改定について持論をまとめます。最初にお話ししておきますが、小生は国防について、自衛隊を曖昧なままにするのではなく、法的にも明確に軍隊として認めて、自国防衛について国民総意のものとするべきと考えています。この点においては、保守タカ派に近いと思います。但し、憲法改正については、第九条についての小手先の文言議論ではなく、GHQ占領軍に配慮して書かれた全文を改めて見直すべきと愚考しております。勿論、これらの議論について、国民の議論を活発にして国会で決定すべきものであり、党利党略で決めるべきではないと考えています。

 前置きが長くなりましたが、国防について、不思議に思うのは、本来、兵力としては、一体であるべき兵器と兵士がバラバラで議論されていることです。マスコミを中心に、防衛費増額と敵基地攻撃などの戦術面の議論がなされていますが、最新兵器をいくら揃えても、それを使う兵士がいなければ宝の持ち腐れです。更には、兵器を使う為の教育や訓練も必要ですから、兵器購入だけの問題でない筈です。ウクライナでも、兵器については、使用出来るものと訓練が必要なものがありました。これまでロシア配下で訓練されたいたロシア製兵器に加え、今回の紛争前から英国から軍事顧問を招いて、NATOで使用している兵器についても訓練していたと報道されていました。今回購入予定の新兵器を使用する人的資産についての議論が出てこないのが不思議です。兵器だけを与え、後は自衛隊任せでは、真の国防とはいえないと思います。兵士については自衛隊任せという考え方が、政府、官僚の中に蔓延しているのではないでしょうか?加えて、国民自身も自衛隊任せになっているのが現状ではないでしょうか?

 自衛隊内部では、有事に対応する際の兵士の練度、必要な兵員数なども明確に把握しているでしょうが、今回の政府決定にあたり、どこまでがあきらかになっているのでしょうか?今の政府をみていると、とりあえず予算確保でいいのでは?と考えているように勘ぐりたくなります。そもそも、今回の予算措置に対応出来る兵員の確保が出来ているのか?否か?がハッキリしません。本来、兵力として必要な兵士についても、機器予算と対にして議論すべきと愚考しております。機密事項もあり公にはいえないこともあるとは思いますが、兵士にかんする情報も、マスコミ含めて、広く国民に共有すべき情報ではないでしょうか?

 又、一部マスコミ評論家や野党が、国民保護について議論していますが、戦時下の国民資産の凍結という問題を避けては通れない問題だと思えます。国民受けのしそうな課題だけを取り上げているようにも思えます。敢えて、国民保護を取り上げて、国民資産凍結については後回しにして、閣議決定でなし崩しにする深慮遠謀かもしれませんが・・・。

 加えて、ウクライナ侵略を観てもあきらかなように、一旦、戦端が開かれれば、戦線が拡大し、年単位で戦闘が長期化することは明らかです。そうなった場合、ウクライナでは志願兵を募っているようですが、我が国はどうするのでしょう?又、銃を触ったこともなく、軍隊行動を全く知らない小生のような一般市民が志願しても、即戦力にはならないことは顕かです。徴兵制を採用していない国でも一定期間の軍事訓練は必ず実施しています。そして、その訓練を終えた市民は予備役として兵士としても登録されています。今回のロシアのウクライナへの増兵派遣についても議論されていたとおりです。自衛隊にも体験入隊という制度があります。この制度についても、訓練内容や、これまでの実績など、広くあきらかにすることも必要ではなでしょうか?

 いずれにしましても、国防における兵力となる兵士の問題は、切り離せない課題だと思いますので、防衛費増加や増税の話と並行して議論すべきではないのでしょうか?少子化問題も、トドのつまりは兵士不足という国防問題に直結します。戦前の「産めや。増やせや。」も人口と国力が直結していることが背景になっていたことは、ご存じのとおりです。国防について、小生が一番危惧していることは国民の意識についてです。本来、国を守る主体は国民です。無論、兵士も議員も官僚も関係無く全国民が国防意識を共有することが必須と考えます。防衛費増額と納税だけの問題ではありません。

以上

2022年12月18日 | カテゴリー : 閑話休題 | 投稿者 : csf-ishii