スマホと携帯電話 営業雑感NO.204

 今回から今や生活の必須道具となった感のあるスマホが出現した背景を振り返り、今後の進化について考えてみます。

 スマホは携帯電話の進化形として世の中に受け入れられ普及しました。しかしながら、スティーブ・ジョブスは、単純に携帯電話の後継として設計していませんでした。当時、流行っていたウォークマンやデジカメの後継としても考えていました。この発想こそが、iOSを産んで世界に君臨できたアップルの原点だと愚考しております。

 その発想の背景を探る為に、先ずは電話の歴史を振り返ります。電話は1890年にベルによって発明されましたが普及までにはかなりの期間を要しました。一番の問題は電話通信網の整備です。我が国において各家庭まで電話線が引き込まれたのは1970年代後半までかかっています。各家庭に電話線を引き込むまで活躍したのが公衆電話というしくみです。通信網の整理と両輪で進化したのが、電話機と電話機を接続する電話交換のしくみです。最初は、交換手が手作業でつないでいました。自動で電話を接続する交換機システムが一般に普及したのも1970年代でした。交換手という職業が消えました。交換機システムでは、電話機一台毎に電話番号を決めなければなりません。通信網の整備と電話番号の普及は国家規模で行うことが必要であり、これを行ったのが電電公社です。今のNTTは電電公社が民営化された企業です。

 この通信網を無線化する為に考えられたのが移動電話です。最初は自動車や電車などで電話が出来るように考えられていましたが、無線通信網の整備と電話機の小型化によって持ち運び可能な肩掛け式の移動電話が開発されました。元来、電話は電話機のあるところにいかないと話せませんので、家庭でも会社でも電話がかかってくると電話を受けた人が声を上げて電話相手を呼び出していたものです。各家庭に普及する前は、公衆電話周辺の家庭では、たばこ屋に設置された公衆電話にかけて貰ってもいました。

 電話普及の時と異なり無線を利用することで、移動電話は短命におわり携帯電話が一気に普及することになります。勿論、無線網を整備するには、基地局と呼ばれる無線の中継基地を設置する必要がありますが、電話網を整備する為に全国津々浦々まで設置されていた電信柱に設置することで、短期間で全国に拡がりました。無線電話網の普及で、これまで電話回線で縛られていた電話通信網が一気に拡がり、通信の自由化に繋がっていきますが、これは又、別の機会にお話しします。

 携帯電話時代が続いている間に新しい文化が生れます。それは、電話が各家庭や企業単位で考えれていたものが、個人単位に変わったことです。一人一台の通信手段を手に入れることにより、電話は個人のプライベートの一部になり、個人単位でお互いに繋がることが可能になりました。携帯電話でもメール通信や写真の交換も可能になりましたので、手紙と電話だけの通信手段が一気に変化しました。

 ここで、携帯電話がガラパゴスといわれた理由をお話ししておきます。それは、通信網の拡がりに関係します。海外では無線通信についてはインターネットの拡がりと直結しておりました。つまり、電話による音声通信ではなく、データ通信を中心に考えられていたことに由来します。パソコンは我が国の携帯電話よりも先に一人一台で普及し、パソコンをつなぐLAN(ラン ローカルエリアネットワーク)という有線のデータ通信ネットワークが普及し、LANとLANをつなぐWAN(ワン ワイドエリアネットワーク)が生れていました。このWANが国際的に標準化されたものがインターネットです。従って、音声中心に携帯電話として拡がった我が国の個人間ネットワークに対して、データ通信を中心として個人間ネットワークが海外では拡がっていきました。残念ながら電話中心の拡がりは我が国だけでしたのでガラパゴスとなりました。因みに、我が国では、インターネット網の拡がりも出遅れました。

 インターネットの申し子であるスマホの普及により、携帯電話が終焉の時を迎えようとしています。ウォークマンやデジカメの振り返りは次回にいたします。

以上

2022年7月17日 | カテゴリー : ICT | 投稿者 : csf-ishii