されど当たり前 営業雑感NO.182

 三回にわたって当たり前について考えてみましたが、今回が最終回です。小生の考える当たり前の定義は、以下のとおりです。

「当たり前とは、地域、業種、時代、個人などの限定された領域で、様々な目的に向かって高付加価値を求めて標準化された作業や態度のこと。又、習慣化することで、更なる効率化や継続性が担保される。」

 これまでにも触れましたが、業務の効率化に向けては、当たり前の作業を如何に増やすかが課題と愚考しております。手順としては、先ずは、自分で標準化を行い、それを、関係者に伝えていいきます。その課程で、周囲の関係者と検討することも出てくると思います。我が国製造業の特色である現場改善や、世界的に普及しているQCなどの小集団活動の成果についても、当たり前にして初めて効果が発揮出来ると考えています。

 当たり前のことは、出来て当然ということになりますが、出来て当然のことが出来なくて重大なエラーが発生するケースは多いものです。業務における当たり前は、個人差がかなりあると意識し、組織全体での当たり前を共有することを検証することは、管理職にとっては必須のことと考えます。特に、OJTを行う際には、充分に留意することが必要です。

 一方で、当たり前を見直すきっかけとなるのは、ズバリ環境の変化です。習慣として定着した当たり前の作業については、何の疑問も待たずに淡々と作業をすることで、効果を上げているのですが、それは、その作業を行う環境が整っていることが前提となっています。従って、環境が変わった場合には、必ず当たり前は見直す必要があります。その際に、一番に留意すべきは、作業の目的を明確にすることです。環境が変わってもその目的とするところは変わらない筈ですので、目的を見失うことの無いようにすることが肝要です。例えば、車掌さんが指さし確認を行うにしても、乗客の安全を図る・駅員への合図・後続電車の確認など、様々な目的が考えられます。勿論、一挙両得を狙っていることも考えられますが、根源となる目的を明確にしておくことが必要です。車掌不在のワンマン運転に切り替えた際の事を振り返りますと、単純には運転手が指さし確認を行えばよいのですが、乗客の安全が目的の場合は、後方で車掌が確認していたことを前方にいる運転士から後ろの様子が見えるようにテレビカメラがホーム前方に設置されていました。もしくは、駅員が確認をして運転手に知らせるように役割を変えたところもありました。ところが、後続電車確認が目的であった場合は、指さし確認ではなく、運転者が後続電車との位置関係を把握するしくみが導入されました。

 又、当たり前の見直しをする際に、見落とすことが多いのは、その効果検証です。当たり前になっていることは、直接の因果関係をデータとして現われていないことが多いと思います。しかしながら、結果としての品質管理の統計データには影響していることも多いです。。当たり前になっていることが、どのくらいエラーをなくせているか?を把握しておくことも重要と考えます。

 以上を踏まえ、環境変化に対応する為には、当たり前を見直すことが必要というのが持論です。環境変化に対応するためにAIや自動化を検討することをお見受けしますが、AI導入や自動化の検討は、環境変化に対応するものではなく、当たり前作業の置き換えです。当たり前が無いところでは、AIも自動化も効果は薄い筈です。環境変化が著しい今日ですので、当たり前について考えた次第です。

以上