今回は、コロナ禍の影響で大きく進展したリモートワークや、孤独感からの自殺など、大きく変化した社会環境について、「ふるさと(故郷)」の観点から私見を纏めてみました。
大都市集中に対するアンチテーゼとしての「ガーデンシティ 田園都市構想」は、第一次産業革命後のイギリスやドイツで生まれ、明治政府も参考にしていました。アメリカでも一時期実践されていましたし、昭和に入って大平内閣でもメイン政策として掲げられていました。しかしながら、我が国では、殆ど顧みられることはなく、現在の過疎化を生んでいます。田園都市構想の根幹にあるのは「職住一致」です。以前からお話ししていますように、小生は東京国と地方の最大の相違は「職住一致」にあると考えております。職住一致社会においては、近所付き合いや「まち」の常識など、人間関係において住みにくいことも多いのですが、「まち」が個人を見守ることで、孤独死を防ぐことは出来ると思います。
江戸時代までは職住一致が義務付けられていましたが、その後、段々とその概念は失われつつあり、三代続く江戸っ子が東京に殆どいなくなったのと同じく、地方にも三世代が同居する家庭は大きく減少しています。地方から都市への人口流出の原因の最たるものは仕事です。農業や漁業など一次産業の衰退で、過疎化の進む地域における職業で一番多いのは、何も生産しない公務員という皮肉な現象が生まれています。勢い多くの地方では観光を目玉とした経済政策に取り組んではいますが、観光産業だけで職住一致を実現するのは困難です。タックスヘブンのような税金政策を下敷きにして都会からの移住者を受け入れている自治体も増えてきていますが、税金政策は国税庁が握っており、地方だけの取組みでは一挙に花が咲くというものではありません。企業城下町の消滅や一次産業の衰退で、わずかな「職住一致」も保てなくなった地方において「ふるさと消滅」は始まっていると考えます。
更には、近年、帰省という風習も減ってきているのではないでしょうか?盆と正月、加えて年に一回のお祭りの日には、必ずふるさとに帰るという習慣を年中行事としている方が減少傾向にあったところに、コロナ禍がこれに輪をかけたように感じています。このままでは「ふるさと」も大都市に集中しそうな勢いを感じます。
ばらまき政策や利益配分などと国会では議論をしておりますが、「ふるさと」が消滅すれば、国会議員の根幹にある地方区も無くなってしまいます。一票の重さとふるさと消滅を同じ比重で考えるべき時期にきているように感じます。リモートワークが定着すれば、大部屋方式など従業員を一カ所に集中させて効率化するという組織論の常識も見直されることになるでしょう。循環型社会の実現に向けても人口の分散が効果的です。地方再生やふるさと納税などは、職住一致を結果的に否定している都会から見た政策のように思えます。新幹線や道路、箱物などの地方への誘致も都会が地方へ便宜を提供するという一過性のものでしかありません。国家全体で「職住一致」を前提として「ふるさと消滅」を防ぐことを考えないと50年後には、地方には、地方議員と公務員しかいないということになりかねないと危惧しております。
職住一致社会を実現するキーワードは「地産地消」と「自給自足」だと考えています。地方には地場産業優先という考え方がありますので、これを一歩進めて、行政機関単位で、各担当地域の産業別の「地産地消」「自給自足」を評価し、産業育成を行うことが求められます。デジタル化やエネルギー変革の波は、「地産地消」「自給自足」をバックアップすることが可能です。コロナ禍を機に、循環型社会の実現へ向けて、デジタル化や新技術で「職住一致」を考える風潮が生まれることを期待しています。これらの考え方は、中央一極集中という従来型政府の考え方と逆行するものですが、コロナ禍を機に新しい波が生まれそうな気がする今日この頃です。
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