コロナ禍の中、当たり前となったリモート勤務ですが、これについてはインターネットの普及が無ければ考えられないことです。少し前に、情報のQCDを考えました。
情報の質(Q)
情報の質とは真偽であり、真偽は情報発信者に依存し、発信者のモラルによっても左右される。
情報の価値(Ⅽ)
情報の価値は行為と結びついて生まれ、その評価方法は、従来型の秘匿性に関係する貨幣的価値と、インターネット普及により公開性に関係する読者数やアクセス数などの量的価値の二つがある。
情報の鮮度(D)
情報の鮮度については、映像に代表される表面的情報のリアルタイムな伝達がインターネット普及で保証されたことにより、リアルタイム性重視になりがちですが、本来は、ジャストインタイムでかつ、手近にあることです。
以上のようにインターネットの登場により、情報のQCDも大きく変化しようといています。特に、取材に代表される情報の裏付けや本などの過去情報の保存の在り方など、紙ベースのこれまでの情報の取扱方法そのものが、リアルタイム性と客観性という二つのキーワードで問われているように思います。そこで、今回は、インターネットのもたらすものについて考えてみます。
先ずは、企業について考えてみます。「情報は、人・物・金の三つに加わる、経営の第四の資源」と長らく表現されており、業務のDXやWebビジネスに代表されるインターネット活用が取り沙汰されております。しかしながら、働き方改革という掛け声で、雇用形態、人事評価、拠点展開など、企業経営の根幹に関わる人に関する変革が既に始まっています。加えて、仮想通貨という考え方は、金に関する為替相場という考え方や金利、手数料というしくみを根底から覆す可能性も秘めています。給料を仮想通貨で支払うとうこともあり得ます。その意味では、企業という存在そのものを根本から見直すキッカケをインターネットはもたらしているように思えてなりません。
インターネットのもたらす変化の最たるものは、社会に関するものであると愚考しております。インターネットが普及し始めた頃、ネット社会、ネット市民(netizenネチズン)という言葉が生まれました。スマホとSNSの普及で一気に利用者が増大したことによりこれらの言葉は、殆ど聞かれなくなりましたが、小生は、インターネットの本質は、このネット社会とネット市民にあると考えております。ネット社会に対して、国家検閲という制限が加えられておりますし、悪質な投稿に関する規制も進んでおりますが、リアル社会と独立したネット社会での仮想国家的なグループが誕生する可能性は充分にあります。アラブの春といわれたイスラム社会における民主化運動の背景にもインターネットによる自由な情報流通があるといわれています。加えて、以前からお話ししていますように民主主義の根本原理である多数決に、最も合致しているしくみをインターネットは内包しています。愚民政治に象徴される人気だけの政治家の出現や、選挙で選出された独裁者の出現など、リアル社会での今後の変化は読めませんが、ネット社会とリアル社会の間での政治課題が顕在化するような気がしてなりません。但し、ネット社会は物理的な通信網を破壊すれば簡単に壊滅しますので、リアル国家の攻撃があれば到底敵いません。
以上