前回は、「情報の質とは真偽であり、真偽は情報発信者に依存し、更に発信者のモラルによっても左右される」ことをお話ししました。今回は、情報の価値について、私見を纏めます。
情報の価値を決める要素の一つに鮮度がありますが、こちらは次回にします。情報についても小生の考え方の基本であるQ(品質)C(価格)D(納期)として考えたく、鮮度はDと判断しました。
情報の価値を考える上で、最も重要な要素が秘匿性と考えています。どちらかと言えば、これまでは秘匿性が高いほど、価値のある情報と判断されていたように思います。スパイや探偵という職業はこの前提の上に成り立っています。つまり、秘匿された情報は、その情報を必要としている敵対勢力や依頼人にとっては対価を支払っても欲しい情報となります。
金と情報という関係は、経済活動の根本原理でもあります。「安く仕入れて、高く売る」です。最も単純な情報活用が、「特定の商品の安い地域と高い地域を把握し、安い地域で仕入れて、高い地域に運び販売する」というものです。為替や金融の仕組みも複雑に見えますが原点は同様です。この考え方は、中国古典やギリシャ・ローマの古文書にも書かれていますし、現在のマーケティングの目指すところでもあります。以上のように、情報は経済や戦争など、何らかの行為に結びついて価値を産むと愚考しております。
インターネットは、この秘匿性に関する情報の価値についても、アンチテーゼを示していると考えています。インターネットの基本は情報公開です。公開された情報にも価値はあります。公開された情報の価値を決めるのはその情報を知っている人の数です。直接的にお金で情報価値を計るのではなく、アクセス数に代表される認知している人の数で、情報の価値を計るというしくみです。アクセス数とお金の関係については、小生、充分な考察が出来ていません。既に、認知媒体としての広告収入などがありますが、これだけではなく、ネット通貨が普及していくと、人数価値が金銭価値すら大きく変革する可能性を秘めていると考えます。
又、情報公開ということでいえば、ICT業界では一般的となった、オープンアーキテクチャとディファクトいう考え方があります。技術は公開すべきであり、公開された技術を評価するのは利用者の数であるという考え方です。最大の利用者を獲得した技術がディファクトスタンダードと呼ばれます。アマゾン・マイクロソフト・グーグル・フェイスブック・アップルなどの巨大企業も、ディファクトスタンダードを獲得したからこその業績と考えています。
以上のように、インターネットやICT業界においては、多数決による価値判断のしくみが、既に適用されています。国境や時間を超越した多数決の場を提供しているのが、インターネットと愚考しています。多数決といえば、民主主義です。本来は、民主主義とインターネットは極めて近い関係にあると思うのですが、長らく為政者と市民という考え方で支配されている政治の世界では、為政者情報もまた秘匿性の中にあります。コロナ禍の中、議会運営もTV会議が検討されたりしていますが、選挙そのものも大きく変わっていく可能性もあります。匿名性やネット虐めの問題など課題が山積みのインターネットではありますが、インターネットが政治や経済と結びつき社会情報インフラとして定着し、お金に替わる人数と言う価値判断が浸透した新しい世界が訪れるかもしれません。
以上