50年の変化(3)居間 営業雑感No.139

 今回は、居間の50年の変化を振り返ります。そもそも居間という部屋が独立してあったのは裕福な家庭であり、長屋には居間も食堂も寝室も特に区別は無かったと記憶しています。食事が終わると卓袱台を片付けて布団を敷いて寝るという段取りでした。居間、食堂、寝室というような区別が出来たのは、公団住宅などの大規模集合住宅が定着化してからのように思います。勿論、古くからの家を継承している方は別ですが、そちらの状況を私は寡聞にして存じ上げません。

 今や居間にあるのが当たり前になったテレビですが、当時、テレビはありませんでした。東京オリンピックを契機にテレビが普及し始めます。テレビ番組と言えばニュースと野球、相撲、プロレスが中心でした。特に、力道山を頂点とするプロレス人気はすごかったようです。一般家庭に普及する以前には街頭テレビがあり、プロレスや野球中継のある時は、大きな人だかりが出来ており、迷子が出るほどでした。長屋でも早くにテレビを買った家は、街頭テレビさながらに窓に向けて設置して、夕方には、皆が窓越しに見るというのどかな風景もありました。余談になりますが、テレビは高級品であった為、アクセサリー類も変わっており緞帳なような布カバーがありました。テレビを見る際にそれを開けるという映画館のような演出が出来るようになっていました。又、当時のブラウン管は14インチ前後が主流でしたので、テレビ画面に合わせた拡大鏡のようなものもあり、画面が大きく見える上、ブラウン管を直接見ると眼に悪いのでその予防効果もあるという迷信のような話が巷では信じられていました。その後、大阪万博と月面着陸を契機にカラーテレビが普及します。画面も20インチ以上になり大画面テレビと言われていました。価格的には、昭和40年前後で1インチ1万が相場でした。その後、青色LEDの発明により液晶画面となり薄型大画面が進展して今に至ります。

 次の劇的に変化したのがステレオです。今ではホームシアターなど映像と一体型になりましたが、それはデジタル化してからの話です。最初のステレオは、レコードプレーヤとスピーカやアンプ、ラジオが一体となったものでした。多くは木目調の家具のような外観で観音開きの中にターンテーブルがありました。音源も安価なソノシートと呼ばれるペラペラのものもあり本に添付する形態で本屋でも売られていました。その後、コンボと呼ばれるターンテーブル、アンプ、チューナ、スピーカなどが独立した商品を組み合わせて聞くスタイルが定着します。全ての装置をシリーズで揃えるメーカが多かったのですが、単品だけのメーカもありました。特に、スピーカでは海外メーカが参入しました。アナログの時代に大きく変遷したのが録音装置です。最初はオープンリールと呼ばれた大きなテープでしたがカセットテープの登場で一機に小さくて扱いが容易になりました。カセットの登場により、ミニコンポと呼ばれるカセット、スピーカ、アンプ、ラジオの一体型の商品が登場します。その後、デジタル化の流れの中で、録音媒体がテープからディスクに変わりCDへと変化していきます。居間の音響装置を持ち運べるようにした画期的な商品が、ウォークマンです。デジタル化と音源保管の発想を根本的に変えたのがipadでした。アナログが見直されている最近ですが、今後は、アナログとデジタルに二極化していくように感じています。

 録音装置と並行して登場するのが録画装置です。こちらの媒体も音と同じ変遷をたどります。最初はオープンリール型です。カメラと録画して映写機で移すスタイルでした。その後カセットが登場し、VHSとβの戦いになります。映写機もカセットデッキに変わり、これに伴い録画もTV放送から直接録画できるようになりました。デジタル化によりディスクに変化しDVDが登場し、こちらも青色LEDの活用でブルーレイへと進化しました。 少し横道にそれますが、この過程で消えていった媒体もあります。車やカラオケで使われていた8トラテープ、一時期流行った光ディスク、ミニディスクや音楽用USBなどもありました。

 最後に照明に簡単に触れておきます。電球から蛍光灯、今はLED照明となりました。このLED照明の登場も青色LEDのお蔭です。青色LEDの発明は、デジタル化と大きく関わっています。ご承知のように青色LEDは日本の研究者による発明です。もう少し大きく取り上げられてもいいように感じています。

 音と映像と照明が一体となって居間の環境をコントロールできる時代に入りました。

以上

2021年4月4日 | カテゴリー : 閑話休題 | 投稿者 : csf-ishii