50年の変化(1)便所 営業雑感No.137

 今回から私が経験した時代の変化をシリーズでお話ししたいと思います。といいいますのも直近50年の変化は、明治以降100年の変化よりも大きく、時代の変化の加速度が増しており、この先の50年は更に大きな変化を迎えると考えましたので、私の知る変化を纏めることにいたしました。

 今回は、便所の変化を振り返ります。子供時代は長屋に住んでおりました。今では長屋も無くなりましたが、長屋は江戸時代から続く住居形態で、一棟の細長い建物がいくつかに分割されて、数戸の家が繋がっている構造になっていました。基本は二棟が向かい合う形で、間に路地が通り、突き当りに、井戸と便所があるのが一般的でした。私の住んでいたところでは、水道が引かれ、便所も各戸にありました。但し、この時代の便所は肥溜め方式で便器の下は肥溜めで満杯近くになると自分の便の跳ね返りを気にしていたものです。各戸の肥溜めから肥えを吸い上げるバキュームカーと呼ばれるタンクローリがありました。

 バキュームカーには長い蛇腹ホースがあり、これで各戸から順に吸い上げますので、周囲は臭い上、ホースが暴れることもありバキュームカーが来た日は、逃げ回っていた記憶があります。尚、大雨のときには、肥溜めから溢れることもあり大変でした。

 この時代は、「ちり紙」(落し紙)と呼ばれる四角い紙が後始末用でした。鼻をかむのにもこの紙を使いました。学校へは、この紙を10枚程度、4つに畳んで持参していました。ティッシュペーパーとロール型のトイレットペーパーのどちらが先だったかは判りませんが、「ちり紙」は用途によって二種類に分かれて、今に至っています。

 トイレはやがて水洗に変わっていきます。それと同時に下水道が整備されていきました。当初は水洗といっても肥溜めに流れているものもありました。今もイベント等で使われる簡易トイレも同じです。又、トイレを流す水もタンクに溜めた水を使う為、連続して使えることは出来ませんでした。余談になりますが、手を洗う水も提灯のようなタンクに溜めてジョウロのような口から手を当てて流す方式のものもありました。目的はよく判りませんが水道が行き届いていなかったのかもしれません。

 下水道と上水道が家庭内でも各部屋まで生き届くようになったのは、長屋が消えてマンションなどの集合住宅に変わっていくのと同時進行していったように思います。合わせて風呂も各戸にあるのが当たり前になっていきました。それまでは、銭湯が中心で家に風呂のあるのは金持ちだけでした。

 トイレの画期的な改善がなされたのは、水洗方式の変化です。以前は、タンク式に見られるように水圧をつかって便を流しておりました。かなり激しい水流でした。ところが、あるとき品質テストに使っていた模型の便が固まりであることから、柔らかいものに変えることで水圧を上げなくてもいいことに気付くと同時に水を溜めて便と一緒に流す方式のほうが節水に繋がることがあきらかになりました。この変化により、便器そのものも和式(イースタン)から洋式(ウエスタン)に変化をし、更にこの変化がウォシュレットを産むきっかけにもなっています。

 以上はこれまでの変化です。余談になりますが、立ち小便を知らない世代も出てきたようです。今後の予想ですが、酵素や微生物を使ってその場で便を分解する方式が発明されるように思います。これが実現しますと、メンテナンス費用のかさむ下水道が必要なくなります。リサイクルの観点からも有効ですし、災害など有事の際にも役立ちます。又、宇宙や深海などでも活躍すると思います。

以上

2021年3月21日 | カテゴリー : 閑話休題 | 投稿者 : csf-ishii