自信と評価 営業雑感No.112

 東京に比べ地方には、自信満々に話す方が少ないと感じています。自信とは、小生の解釈では、自分に対して「信」をおくことです。「信」の根源は「言行一致」と考えていますので、言い換えれば、自信とは「言行一致」が実践出来ているとの自覚があることだと考えます。従って、自信満々に話す方が少ないということは、小生解釈では、「言行一致」の自覚を持った方が少ない?となります。しかし、そうではなく職住一致など人間関係の濃い地方においては競争を避ける風潮があり、結果として控えめな表現をする方が多い為、自信満々に話さないのだと気づきました。廻りの評価に対して自己評価を低く見積った際に顕れる態度であり言葉が謙虚と考えますので、地方には東京に比べ謙虚な方の割合が多いと思います。そこで今回は自信の裏付けとなる評価について、自己評価と廻りの評価との関連性ついて持論をお話しします。

 同じ事を為しても、その事を自信満々に話す方と自信なさげに話す方とで廻りの評価はどのようになると思いますか?自信満々に話した方のほうが、評価は高くなります。評価とは廻りがしますので、為したことに対して自信を持っている方に評価は傾きます。更に自信と責任は表裏一体の関係にありますから、為した事に自信のある方は為した事に責任を持っていると廻りから勝手に解釈されます。

 自信を持って話す → 責任を持ってくれる → 任せられる → 評価出来る

という流れで評価されます。但し、自信を持って話したにもかかわらず為した事に問題があり、且つその責任を取らない場合には「言行不一致」のレッテルが貼られ嘘つきとなります。この場合、折角の評価が台無しとなるばかりか、それが続くと人格問題となり、今後の人間関係にもひびいてきます。自信満々に話していても、その結果が伴わないと前段でお話ししましたように悪評が人格的に定着しますので、長い付き合いの多い地方では、こちらを恐れている方も多いように想像しています。

 上記のように廻りから評価されることは、その後の自信に繋がりますので、先ずは、為した事に自信を持つことが自信の良循環を生みます。一方で、評価の際に好悪が関係します。自信満々な表現よりも謙虚な表現の方が好まれ、特に些細な事まで自信満々な表現はかえって嫌われる傾向があります。評価と好悪は別物とはいえ、好感を持たれた方が評価も高くなる傾向は否めません。意識的に自信満々に話すのを避けている方も多いと思いますが、その際も毅然と話すことで自信を示すことはできます。リスク回避や自信の無さから控え目に話しているのではないことを伝えることが必要です。とにもかくにも為した事に自信を持つことです。その後に、その自信を裏付けとした謙虚さを示すというのが順序です。小生は、謙虚に話すということは、自信満々に話すことの進化形と考えており、話し方の第一歩は自信満々に話すことと考えています。とりわけ若い方は自信過剰くらいで丁度いいと思っています。

 自信の見せ方でよく陥る傾向として、自分なりの自信はあるのにも係わらず自信満々に話せないことが儘あります。地方の方はこの傾向が強いようにも感じています。その原因はいくつかあります。

 最大のものは、評価を気にして話すからです。評価はついてくるものであり、為した事を話すだけでいいのです。為した事をどう評価されるか?を気にしながら話すと自信なさげに話しているように見えます。例え間違ったことをしたとしても自信を持って話すことが責任を持つことに繋がり、ひいては次の成長に繋がります。次に見受けられるのが報告能力の不足です。以前にも触れましたが、5W1Hと時系列箇条書き表現を行うことが報告事項の基本となります。

 話は変わりますが、お客様との会話も自信は大いに関係します。もうお気づきの方も多いかと思いますが、プレゼンテクニックとして普段から自信満々の話の訓練をしていないとお客様にも自信満々に話せなくなります。提案説明の良し悪しは、提案内容にも増してお客様の提案評価に大きく影響することが多いものです。一方で、提案内容に自信があるか否かが話し方に出てきます。逆に言えば、事前に自分が納得するまで提案内容を徹底的に吟味することが大切です。「自分がお客様の為になると思えない提案はしない」という営業信念の実践です。但し、提案に自信が持てないから提案をしないという提案辞退はお勧めしません。お客様からの全ての提案機会に対し応じることも営業の努めです。常に、持てる商品を使った最善の提案することが基本の基本であり、その内容に自信をもって説明することが重要と考えます。

 是非、回りの評価を気にせず、自信満々に話すということを意識してみては如何でしょうか。

以上