今回はコロナ禍の中で一般化しつつあるTV会議やSNSでの意思疎通について考えてみました。
コミュニケーションツールは、1000年を超える長きにわたって、会話と手紙に代表される文書交換が中心でした。そこで用いられる言葉と文書は、それぞれ時代と共に変化してきており、小生も最近の現代用語の基礎知識に掲載されている若者言葉は殆ど理解出来ません。この変化も最近顕著で、10年前の高校生は、今の高校生の言葉が通じないとも聞いています。従って、従来の方法でも世代間の意思疎通については障壁が生まれつつあると考えていました。
ところが、ここにきてコミュニケーションツールの一大変革期を迎えました。最初はテレビの出現で一方向ではありますが、画像がコミュニケーションツールに加わりました。ところが、ITの登場で、一気に多様化します。ITの登場は60年近くになりますが、コミュニケーションツールに及ぼす変化は、この10年間という短い間に起こっています。
先ずインターネットの普及によりメール文化が生まれました。これは、端的にいうと口語と文語の統合という変化を生み、加えて、これまでリアルタイムの会話に対して圧倒的に不都合を有していた手紙のやりとりによる時間の壁を一気に乗り越えました。又、写真やグラフが添付できるようになり、マルチメディアと持て囃される表現方法が大きく変化していきました。しかしながら、ここまでの変化は、未だ従来の会話や文書の延長線上にあるものと小生は考えておりました。
変革の第一歩はSNSの登場です。SNSは様々な特長を持っていますが、小生の考える最大の変革は、これまで1対1が基本であったコミュニケーションツールが1対nに変わったことです。1対nはマスコミの専売特許であった上に一方通行の情報伝達でした。ところが、ご存知のように一挙にこれが全員に一般化されました。おまけに双方向なのです。全員がコメンテータであり、常に、自分の発言が多数決に晒されることになります。
次にきたのが、コロナ禍で一気に拡がったTV会議です。この変革の最大の特長は、移動時間という会話をするという目的に対しては無駄な時間が削減されたことだと考えています。
さて、以上のようにツールが大きな変革をもたらしましたが、そもそもの目的は意思疎通です。意思疎通という観点から見直しますと新ツールについては、旧来のやり方に比べて使い方についての学習がなされていない為に、極めて稚拙と言わざるを得ません。SNSによる炎上や拡散などの問題も、突き詰めれば1対nの意思疎通のやり方を知らないということに尽きるのではないのでしょうか?規制の問題も取り沙汰されておりますが、根本的には、これまで1000年を超える歴史の中で淘汰された会話と文章による意思疎通のしくみを一から見直すことの方が重要だと考えています。意思疎通の向こうにあるのは共通理解です。1対nでの共通理解、多数決による理性が試されているように愚考しております。TV会議についての難点は、目を見て会話出来ないことです。「目は口ほどにものを言う」といいますが、相手の目を見て意思疎通を確認するということは、大変、重要な会話のテクニックであり、意思疎通を言葉だけに頼るのではなく補完することが出来ました。又、シャーロック・ホームズばりに、衣服や仕草で観察することも可能でした。ところがTV会議では、これが出来にくくなっています。カメラで切り取られた映像ですので、全てを見ることが出来ません。TV会議をしている多くの方が下半身はパジャマである事実を見ればわかる通りです。又、カメラを見つめて会話をすれば、多少は目を見ることに繋がりますが、そこまで徹底していることは稀でしょう。この分野は、バーチャル映像により三次元で表現されることも目前です。会話をどのように成り立たせ意思疎通を図るのか?これからの大きなテーマと考えます。
これから、全く新しい意思疎通の世界が開かれる端緒にいます。小生は最後まで見極めることは叶いませんが、大いに期待をしています。
以上