前回、カリスマについて私見を書きましたが、今回はカリスマの具現化した独裁について考えます。今の時代を独裁の時代と感じているのは、小生だけでしょうか?我が国の首相もミニ独裁だと思っています。昔の独裁は武力行使によって生まれていましたが、今の独裁は完全にヒトラー型で、本来、独裁とは対極にある筈の民主主義制度から生まれているところがミソです。ご承知のようにナチスとは党名です。但し、党員組織が強固なものでしたので総裁であるヒトラーのカリスマ性が高まり、国会与党となった時点でドイツ国民全体を巻き込んで戦争に突入しました。当時のドイツを取り巻く環境は、第一次世界大戦の敗戦による金融締め付けから国内経済が崩壊しており、国民の戦勝国であるヨーロッパ列強に対する不満が充満していましたので、ヒトラーがそれを上手く利用しました。加えて、戦勝国側にも戦争の悲劇を繰り返さないという信念から平和主義が横行し、ドイツの急激な右傾化を防ぐ手立てを講じなかったこともヒトラーを利しました。
冒頭に何故ヒトラーの話をしたかといいますと、今の独裁者も同じ手法を用いているからです。ナショナリズムと自国経済の発展を掲げて国家行政TOPとなっています。社会の状況もまさか戦争が起きると思っていません。直ぐに戦争とはならないとしても、どこかが引き金を引けば一気に戦争に流れる可能性は秘めていると愚考しております。歴史をみる限り経済の偏在は武力によってでしか是正されていません。
しかしながら、小生が一番危惧しているのは、独裁の傾向が、政治だけでなく経済や各種団体にも及んでいることです。前回のカリスマ考でも述べましたように、カリスマは取巻きによって創られます。取巻きの勝手を許すのは廻りの無関心です。一人一人が自分の頭で考え行動していれば、そうそう簡単に取巻きの勝手を許すことはなく、小さな集団に留めることが可能です。忖度という名のもとに、自ら考えることをやめた時に独裁に利する傾向が出てきます。更に、独裁者が代弁者として不満を煽ることで、自ら考えることをやめてTOPに任す傾向が強まり独裁誕生への悪循環が廻りだします。皆さんの身の回りにこの傾向はありませんか?皆さん自身も考えることをやめていませんか?
最近、一つの救いを見たように感じているのは、若者がネットにより、自らの主張をなすことで、世の中が動きだす傾向が顕れてきたことです。国連で温暖化対策を訴えた少女や沖縄戦の悲惨さを訴えて新天皇に招かれた少女、反日を教師に強制されたと訴えている韓国の高校生達、小生のような老齢期の人間は、これら若者の意見を言う場を保証してあげることが必要だと思っています。ややもすると常識論から若者の主張を抑える性向にあることを自覚して行動するようにしています。これらの動きがネット社会から興っていることも見逃せません。ネット社会に対する批判もありますが、現在の社会に充満する閉塞感を打破するのが独裁者ではなくネット社会であることの方がいいと考えています。
「これは何かおかしい」「どうにも納得がいかない」と感じた時に声を上げる勇気を取り戻したいと愚考しております。小さな努力でした大きな独裁を止められません。
以上