今回は権力の持つ特質について、持論をお話しします。権力には様々な種類がありますが、今回、お話ししますのは会社組織の中での権力、つまり管理職の持つ権力についてです。
昭和の頃は、管理職になると机が変わることが一般的で、担当時代とは異なり、大きな両袖の机になったり、席の前後や左右に応接セットがあったりと、管理職と担当者の違いは、机でも判断が出来ました。今回タイトルの「机の上の権力」とは管理職権限を象徴したものとして机を顕しています。といいますのも、権力についての格言や教訓などは、机を比喩的、擬人的に表現をしたものが多くあります。
小生、最も好きな言葉は「机は人を育てもするが、人を喰い尽くしもする」です。
この意味は、管理職になると管理職としての見識も身に付き、人間が大きくなることもあれば、管理職の持つ権限に魅入られて自分を見失う人間もいるということを顕しています。小生は、グロテスクな表現ですが、机が人を喰うということをいつも意識するようにしています。つまり、権力とは、何かの目的を持って権力を追い求めている時期はいいのですが、権力を手に入れた瞬間から人を虜にする魔性があり、本来の目的をも忘れさせてしまうことも多いものです。従って、小生は、自分が権力に喰われていないか?いつも確認するようにしています。権力に喰われているか?否か?を最も端的に判断できるのが、以前から話しております「自分に恥ずべきことをしない」ということです。又、管理職としては具体的に以下のようなことを事ある毎に自問自答するようにしていました。
・その判断は、自分が可愛いからそう判断していないか?
・自分の言い訳をしていないか?
・自分が手抜きをしていないか?
権力を手にすると、ついついその立場を免罪符として、決められたルールを守らなかったり、担当任せにしたりします。これらの行為こそが、まさに権力に喰われた結果です。小生、権力は魔物であり、常に自分の傍らに居て口を開けて、小生が飛び込むのを待っている姿を想像しています。管理職の机は、日々、自分と権力との闘争の場と考えています。
一方で、机が人を育てるという言葉は、人財育成として意識をするようにしています。つまり、小生流は「先ずは机を渡す」ということです。そして「机に喰われない」ように導くだけです。ある意味、その方が、机に育てられるか?喰われるか?は、その方次第と割り切っています。又、人が育つのは、その人の自覚によるところが大きく、自覚を促すには、責任ある立場に付けるのが一番とも考えており、権限移譲と放任のバランスに、未だに苦心しているというのが本音です。小生の大好きな言葉「やって見せ、やらせてみて、褒めてやらねば、人は育たぬ 山本五十六談」と「机は人を育てる」が、小生の考える人財育成のバイブルです。
尚、机に喰われた方の処遇ですが、これが難しく、ラインから切り離して当面スタッフ系にまわすくらいしかありません。本来的には、降格制度か管理職見習期間を設けるべきと愚考しています。
以上