五行説 営業雑感No.60

 今回は雑学です。一般的に陰陽五行説といわれますが、これは、五行説に陰陽説を組み合わせたものです。五行説の基本になるのは、木・火・土・金・水の五つです、このそれぞれに陰と陽、甲、乙、丙、丁、戊、己、庚、辛、壬、癸がつき、訓読みで、きのえ(木と甲)、きのと(木と乙)、ひのえ(火と丙)、ひのと(火と丁)、つちのえ(土と戊)、つちのと(土と己)、かのえ(金と庚)、かのと(金と辛)、みずのえ(水の壬)、みずのと(水と癸)と読ませます。これに更に十二支が加わって占いなど用いられてきました。今回は五行説についてお話しします。

 五行説では、青・赤・白・黒・黄の五色で、季節・方角・物性が象徴されています。サミュエル・ウルマンの詩で「青春とは人生の時代ではなく、心の持ち方である」という有名な一説が、歴史上時々、大流行しますが、この青と春が関連づけられているように、四季それぞれに色があり、夏は赤、秋は白、冬は黒(玄)です。「青春 せいしゅん」「朱夏 しゅか」「白秋 はくしゅう」「玄冬 げんとう」となります。歌人 北原白秋の名前は、これに由来します。尚、黄色は解釈の分かれるところですが、小生は地動説の太陽の道筋である「黄道 こうどう」を重んじ「黄天 こうてん」と考えています。

 方角は、色に加え動物と絡んでいます。東は「青龍 せいりゅう」西は「白虎 びゃっこ」南は「朱雀 すざく」北は「玄武(亀)げんぶ」です。黄色は中心で「黄龍 こうりゅう」もしくは「麒麟 きりん」で顕されます。余談になりますが、朝廷や朝議という言葉がありますが、これもこの方角と深い関係があります。北を鬼門といいますが、帝は、北を背に南に向かって座ることから、帝の背後である北が鬼門となります。従って、政治のことを「南面に向かう」とも表現します。帝は南面して政治を語り、臣下は北に向いて返事をします。日の出と共に参集し、太陽が中点に差し掛かる昼まで議論が続きますので朝議、朝議をする場を朝廷(廷とは庭に代表されるように広場のこと)と呼びました。又、臣下から見て太陽の上る東は右ですので、左右では右が優先されます。右大臣、左大臣、右将軍、左将軍の順に流れます。

 少し、脱線しますが、近代革命以前は、世界中、支配階級の仕事は午前だけで、午後は、休暇、修行や勉学、奉仕となっていました。日本も江戸時代以前はそうでした。被支配層では、農民と商人は一日中働きましたが、漁師や職人は昼までが多かったようです。加えて、古代は、行政は奉仕の一環で、金持ちや領主の専権事項でした。ローマ市民がその代表例です。その後、属国民に市民権が与えられ、市民権が売買されるようになって市民権はその輝きを失います。詳しくは、塩野七生著「ローマ人の物語」をお読みください。大変な長編ですが、示唆に富んだ本です。その後、行政を担うのは、有給の官僚に発展していきます。官僚の報酬について、有名な言葉が、菅子の「衣食足りて礼節を知る」です。一方で兵士も、税での兵役に替わって職業軍人が出現します。日本において職業軍人による軍隊を組織した最初の将は織田信長といわれています。こうして、職業としての軍隊と官僚組織が争う構造が出来上がり、お互いが朝廷内での覇権争いをするのが世界史の常となります。江戸時代は、軍の主体である武士が官僚化した画期的な時代と愚考しております。

 本論にもどります。五色の物性は、青は木、赤は火、白は金、黒は水、黄は土です。ところが、土は四季では余ります。そこで、土を季節の変わり目に当て嵌めまたものが「土用 どよう」です。春夏秋冬の間に年4回あります。「土用の丑の鰻」は「夏から秋への季節の変わり目に鰻を食べると元気になる」というキャッチコピーです。「江戸前」と同じく平賀源内考案説が有力です。色からみた陰陽五行を簡単に整理します。

 青 = 春(青春)、東(青龍)、木

 赤 = 夏(朱夏)、南(朱雀)、火

 白 = 秋(白秋)、西(白虎)、金

 黒 = 冬(玄冬)、北(玄武)、水

 黄 = 天(黄天、土用)、中心(黄龍、麒麟)、土

 日本には、様々な習慣や風習がありますが、殆どが、上記の法則に従っています。東京で有名な五不動(目白不動、目黒不動、目赤不動、目青不動、目黄不動)、家の鬼門である北側に台所を配し水神様を祀る習慣、祭りに使われる旗の色や紋、都の街割り、伽藍の配置など、皆さんの身の廻りで何気なく見ているものにも五行は生活の中で定着しています。郷土の祭りなどにも必ず反映されておりますので、皆さんの身の回りのことで、考えてみるのも一興と思います。

以上

2019年8月18日 | カテゴリー : 閑話休題 | 投稿者 : csf-ishii