ルールとモラル 営業雑感No.30

 今回は、本源的な人の行動に基づく組織統治について持論をお話しします。人が行動する場合、その行動には社会の制約を必ず受けます。社会の制約を規定した代表的なものが法律であり、会社にも就業規則などが定められています。小生は、これをルールとして捉えています。会社だけでなくマンションや町内会など人や家庭の集合体としての組織には必ずルールが存在します。一方、人が行動する場合に、もう一つの制約があります。それは、道徳と呼ばれるものであったたり、宗教の教えであったり、家訓と呼ばれるものであったりと、人それぞれが自らを律するために様々に持っているものです。小生は、これをモラルとして捉えています。人はルールとモラルの二つの制約を受けて行動しているというのが小生の持論です。ルールは殆ど文書などで見える化がなされていますが、モラルは、家訓十か条のように象徴化されているものはありますが見える化はされていないことが多いと思います。加えて、ルールとモラルで、一番、大きく異なる点は、違反をした場合の罰則です。ルールには罰則規定が必須で伴われますが、モラルには明確な罰則規定は存在しません。

 ルールとモラルの関係を歴史で見てみます。治世においては、為政者が民衆の行動を制約することが、大きな関心事であり、民衆の行動を制約することは人の行動を制約することの集大成ですから、ルールとモラルの関係を知る上で大変、示唆に富んでいると考えます。治世にも、法(罰則付きルール)を明文化し、法で合理的に民衆を制約するという考え方と、教育などを通じ、自らを律することの出来る人を多く育てることで、民衆を自律的に制約するという考え方の二つが併存しています。法治国家がルール重視の代表であり、宗教国家がモラル重視優先の代表です。尚、最も古い国家形態である王国や独裁国では、ルールとモラルを時の為政者が、都度、使い分けています。

 古代中国では、為政者の代表的な国治めの考え方として、ルールを重視した韓非子を筆頭とする法家とモラルを重視した孔子を筆頭とする儒家がありました。秦は、商鞅・韓非子・李斯などの法家の思想を歴代君主が重用し、儒家や道家の思想で縛られており各国がモラルによるバラバラな統治をしていた諸国を一挙に平定し、中国初の法による統一国家を実現しました。ところが、罰則を伴う法というルールは、それまでモラルだけで、ある意味手前勝手に生きてきた封建貴族の反発を買い短命に終わりました。項羽と劉邦は、このルールに対するモラルの反発の時代の物語です。古代中国史とは、モラルに始まり、モラルにルールが勝った後に、モラルの反撃を受けた物語といえます。但し、ここでいうモラルは「衣食足りて、礼節を知る」の言葉に代表されるように君子や貴族など為政者の為のモラルでした。

 同時代のローマでも似たような道を辿りますが、モラルは為政者の為のものだけでは無くなったことが特長的であり、歴史を単純な為政者の変遷だけで語れなくしてしまいました。ローマでは、当初はギリシャ哲学を基にローマ市民としての矜持と元老院の議論で国を治めておりましたが、カエサル以降、皇帝がルールによる統治システムを確立し歴史が転換しました。つまり、ギリシャ哲学に代表されるモラル優先の都市国家群が、ルールが優先さる帝国として生まれ変わりました。ところが、キリストが登場し、貴族も奴隷も全ての人が等しく信仰する教義というモラルで治世を行うべきと主張しました。その為、治世の担い手は、信者の代表である教会と国家の代表である為政者が並立することとなり、為政者によるキリスト教弾圧が続きました。その後、異民族襲来の混乱とローマ市民の堕落、税金や兵役逃れなど市民義務から逃れる為にキリスト教に入信するというエセ信者の増加により、国家のルール維持が困難となり、コンスタンチヌス帝が、キリスト教に帰依することで、為政者と教会の結合がなされました。その後は、治世に関しては、教会と為政者が、お互いの利益を主張しながら、互いに利用と妥協を繰り返すモラル重視による治世が行われました。ローマ史も、モラルに始まり、ルールが優先され、モラルの反撃を受けたことになりますが、ローマのモラルは民衆まで含めたものであり、モラルの代表者として教会が存在したことが、中国史との決定的な違いです。

 余談ですが、キリスト教会は、ギリシャ・ローマ学の全てを否定しましたので、西欧中世では、ギリシャ・ローマで研究されていた天文・芸術・法などの学術も全て否定されました。この教義一辺倒の姿勢に対し、かつてのローマ帝国本領のフィレンチェやベネチアで、少なからず残留していたギリシャ・ローマ学を礼賛したのがルネサンスです。法の分野でも、漸くマキャベリが登場し法律学の基礎を顕します。以上から、ルネサンスとは芸術分野の動きだけでなく、教会による教義絶対のモラルに対するルールの反撃と愚考しております。

 上記より、その時代の社会環境により、治世におけるルールとモラルの関係は、どちらかに偏っていることが窺えます。但し、歴史上、ほぼ二百年周期で訪れる繁栄期と呼ばれる数十年の治世においては、ルールとモラルは見事にバランスされています。又、治世におけるモラルの基準としては、宗教教義による絶対的価値観(一神教)と、思想を論理的に研究した中国各家やギリシャ哲学のような相対的価値観(多神教)の二つが存在しています。私見ながら、唯一絶対神による絶対的価値観によるモラルは、世の安定を希求しながらも純粋になればなるほど教義論争や宗教戦争などの価値観の異なる他者を排斥する争いの根本原因となるという矛盾を内包していると考えております。

 一方、我が国の場合、世界的にも珍しい特徴的なモラルの基準があります。原点は聖徳太子の唱えた「和を以て尊しと為す」です。不完全ながらもルールとして制定された現存するわが国最初の法律の冒頭にモラルがあります。又、近年の研究では、イザヤ・ペンダサン(=山本七平)「空気の研究」に著された「その場の空気」という厄介な存在も我が国独特のモラルです。少し前の若者言葉でもKYとして、その存在は残っています。

 この「基本はルール遵守をしながらも、時にモラルが優先する」という考え方は、歴史上繁栄期のルールとモラルのバランスをとる考え方に通じるものであり、わび・さび・おもてなし等を含めた日本的モラルの原点では?と、ただ今研究中です。一つ言えることは、時代のモラルは、国家元首を頂点とする組織長のモラルと同じであるということです。

以上

2019年1月20日 | カテゴリー : 閑話休題 | 投稿者 : csf-ishii