公明党が自民党との提携を解消し政権から離れました。マスコミでは相変わらず数合わせの報道ばかりですが、小生はその論調に違和感を覚えています。特筆すべきは、石破首相の発表した80年談話です。戦争突入に至った国内情勢が見事に言い表せていました。文民統制の不在、マスコミの煽動、軍部の暴走、これまで表だって評価されることの無かったこれらの事実について国民的な反省を行なうべきと考えます。
余談になりますが、石破首相は強い信念と思想を持った優秀な政治家だったと見直しました。残念なのは、自民党の中の数合わせに飲み込まれたことだと思います。議員総会直前に小泉氏の説得に応じて自ら辞任しましたが「政界再編」を旗印に衆議院を解散していれば、どうなったでしょうか?小生の考える最良のシナリオは、先ず自民党が反石破と親石破で分裂します。そして、自民党と似て第二の国民政党として党内の様々な思想の政治家を持つ立憲民主党も割れて、割れた二つのグループで新しい政党が誕生するというシナリオです。映画化されて話題になっている「沈黙の艦隊」にも登場するシナリオです。石破さんは、個人の政治家としては一流でしたが、政治改革を行なうには覚悟が足りなかったのではないでしょうかか?
前置きが長くなりましたが、小生は、今の政治の混乱を招く背景として、保守と革新の二軸対立の図式にあると愚考しております。マスコミは政策ありきと言ってはいますが、どうしてもこの二軸対立の中で議論を纏めます。そもそも保守とは資本主義容認派で、革新は共産主義容認派という図式から始まっています。レッドパージに代表されるように共産主義者弾圧は、共産主義革命が世界に拡がることを阻止するためでした。小生の専攻した70年代の経済学でもケインズの資本主義経済学とマルクスの共産主義経済学は厳然と対立していました。ところが、いまや共産主義国家などは世界に存在しません。中国共産党もロシア共産党も政治政党としては存在していますが経済概念としての共産主義は放棄しています。
つまり、保守と革新という呼称の背景にある思想対立が無くなっているということです。最近マスコミでは、全体主義と民主主義という対立軸を設けていますが、全体主義と独裁は同義語でもありますので少し違うと思います。私は、社会主義と利潤主義の対立軸だと考えます。社会主義と共産主義を同義として扱う方もいますが、共産主義は共産党による一党独裁をめざしますが社会主義では議会制民主主義を容認しています。民主主義と資本主義は、我が国の現状では普遍的な思想で対立軸には入らないと考えました。
以前にも少しお話をしていますが、社会主義は公共性や福祉を重視して「大きな政府」を目指すものです。国民皆保険制度に代表されるように我が国は社会主義に近いところにいます。一方、利潤主義は、企業や個人の自由な経済活動を重視し「小さな政府」を目指すものです。米国は利潤主義の代表です。我が国では社会主義基盤が整っているところに自民党が利潤主義を導入して混乱しました。又、米国では利潤主義の中で社会主義的政策を実施した保守党に反発して、利潤主義の共和党がその主張を先鋭化して政権を握り、トランプが独裁色を強めていると考えています。
尚、「政治と金」は議論には値しない問題で、民主主義には必須と考えます。又、夫婦別姓や天皇制、国防への考え方なども、社会と利潤で割り切れるものではありません。これらは、思想の違いを超えて国会で議論すべきことだと思います。小生は、保守と革新ではなく、大きな国家観としての社会と利潤という対立軸を提唱します。皆さん、如何お考えでしょうか?
以上