置き配 営業雑感NO.353

 宅配便の置き配について制度化が検討されているとの報道を見ました。その番組では、政府の検討委員の方が取材を受けており、現在、宅配便において規定されている安全や業者責任に関する条文に置き配が全く記載されていないことから、消費者の安全と権利を守るための置き配に関する条文作成作業と述べていました。更には、運用業界における人手不足の問題も、検討の背景にあるとのことで、配達現場での大きな課題として不在再配達があることが取り上げられていました。その場では、明確にされませんでしたが、宅配BOX設置の補助金やマンションなどでの義務化なども監督官庁などで議論されている模様です。

 皆さん、この一連の状況をどのように思われますか?一昔前の小生であれば、全く違和感はなく、両手を挙げて賛成していたと思います。しかし、今は大きな違和感を持っています。何故なら、そもそも、配達行為というものは、送り主と受取り主と間での約束/取り決め/契約において規定されるものであり、運送業者は送り主である荷主の指示に従えばいいだけです。置き配についても送り主と受取り主の合意によるものです。消費者を守る為の置き配についての規定ということについても業者への指導のようですが、本来は、配達業務におけるトラブルへの対応を商法で定めて訴訟事象とすべきではないでしょうか?又、置き配を行うか?否か?は運送業者の経営判断とすればいいだけで、置き配を断る業者がいてもいい筈です。政府が関与すべき問題ではないのでしょうか?又、仮に規定を作成したとしたら、それは運送業者の経営判断に関する新たな規制となり、将来、規制緩和の対象となるのではないでしょうか?

 小生がこのように考えを変えたのは最近のことです。特に、米騒動以降の現在の制度とこれまでの政策を振り返るにつけ、政府の経済への介入の失敗を強く感じたからです。誤った情勢認識を裏付けるかのような政府発表の統計データ、米流通業者への様々な規制、これらの規制により自由に参入出来なかった流通業者、幹事長が農家の自由意志とうそぶいていた農家の実態、これらは全て政府の規制と補助金によって今の米価高騰を招いています。主食に関することですから国家安全上の課題とした規制が無意味とはいいません。但し、人口減少や農家の子供達の農業離れなど、現実を認識して政策転換をしなかった結果、米価高騰を招きました。許せないのは、従来の規制周辺にいた方への権利保証を行ない、かれらの支持による組織票で選挙に勝つ構造を業者と政府が保ち続けて長期政権を維持したことです。国家より政党を優先し自らの権力保持をした結果の米価高騰ではないでしょうか?備蓄米放出で沈静化を図っていますが、本質を見るべきだと思います。

 明治以来の我が国の伝統とも言える日本式経営を打壊し、商法改正を行なってまで米国型株主中心経営への変換を強引に推進しているのであれば、全て、市場原理である自由競争による消費者と生産者の選択に従うべきではないでしょうか?今回のように、運送業界からの陳情によると思われる問題への対処を政府で考えることは、本質的に市場原理に反します。

 横道にそれますが、今の与党政策の根本的な矛盾は、この米国型資本主義の採用と、年金・医療介護保険などの福祉政策、産業への様々な規制という正反対の政策を並立させていることにあると思います。何故か、小生も同じなのですが、多くの国民は、この事実に気付かずに、与党の長期政権を支持してきました。次回、この国民感情についても考えてみます。

以上

2025年7月6日 | カテゴリー : 閑話休題 | 投稿者 : csf-ishii