小泉大臣の登場で備蓄米が次々に店頭に並びはじめました。急場はしのげた感はありますが、我々の食の根本的な問題を考えるいい機会になったと思います。先ずは、米農家がここに至るまでの歴史をものすごく単純にして振り返ります。
今の農政は江戸時代からの伝統に遡ると考えています。それは、明治維新において、農村の庄屋と小作という関係が継続されたことによります。自由民権運動によって、それまでは、領主・代官・庄屋と上意下達が習慣化していた農村にも政治が普及し、自営農も増えましたが、小作人が無くなるのは第二次大戦後のGHQによる農地改革まで待つことになります。
戦後、庄屋資産が没収されて小作人に分け与えられたことで、マスコミなどに取り上げられている小規模農家が多い我が国の農業基盤が、GHQ政策により誕生したと考えています。ところが、米の流通については、極端にいえば江戸時代以来の構造がまだ残っていると考えています。米は江戸時代以前からある米問屋・米相場・米組合という米の流通構造が、国家専売という形で明治以降は残り戦後も踏襲されました。創業の古い米屋さんが全国的に多いことにも顕れています。米以外にも塩と酒も専売でしたが、この二つが自由流通に変化したにもかかわらず米流通が残った背景にはJAが深く係わっています。つまり、JAは、庄屋のかわりとして存在しているというのが小生の持論ですが、加えて、米相場と米問屋の機能も包含していますので、無敵の組織といっても過言ではないのでしょうか?勿論、組合員組織ですので、特定の権力者に集中するということはありませんが、政治家と結託する構造は、悪代官と越後屋の関係をみるような権力癒着の構造を思い浮かべてしまいます。
上記のように、我が国の米政策というのは、極端な話、有史以来の伝統的な年貢と国守の関係をJAと政治家の関係に置き換えて考えるべき国の根幹に係わることと捉えています。その中で、今回の小泉政策で着目すべきことは、米流通の問題を顕在化させたことにあると思います。前回の農政部会長時代に掴んでいたようにも推察いたしますが、JAに影響力を行使しているのは、農家ではなく自由経済の中で隠然と生き残っている米流通機能にあると見抜いたのではなでしょうか?JAは庄屋の代わりに登場していますので、農家の味方といっていますが、元小作人という先入観が農協誕生当時には残っており、農機具購入資金を提供する名目での金融事業も庄屋の金貸しのそれに従っているようにも思えます。いずれにしましても、生産者である農家に、直接、消費者の購入動向によって売上が上がる仕組みが必要と思います。農家が搾取される構造を完全に消し去ることが、今回の米騒動の結末になることを期待しています。その第一歩がJA解体であることは明白です。既に、米農家との直接取引も増加していますので、今回の備蓄米放出によって生まれた流通機構が機能することで、旧来構造には風穴があくことになるとは思いますが、根強い抵抗があることは間違い無いと思っています。マスコミでは、旧自民田中派であった小沢氏などが政権交代を引き起こし、現在立憲民主にいることで、立憲にも現自民の農政族と同族が存在しているとの報道も見られますので、政局を演出する片鱗が顕れているようにも思います。農政局ではなく、国家基盤としての農政を論じてもらうことを切に願います。
以上