NHK党立花氏の責任逃れ発言により維新の会が揺れています。小生は、当事者である二人の議員には議員としての自覚に疑問を感じますし、維新の会としては、直ぐにも除名すべきと考えます。吉村代表は兵庫維新の党の解散を口にしていましたが、寄せ集めで巨大化した組織ゆえの発言と判断しました。二人が百条委員会の委員であったことから、風評被害者を自らの組織員の関与で産んでしまった百条委員会の課題も浮き彫りになったと思うのですが、そこまで突っ込んだマスコミ報道も今のところありません。そもそも、この問題は兵庫県政の問題です。SNSによる選挙への介入や人権無視の問題もありますが、今回は、シンプルに県政と知事について振り返りたいと思います。
小生は神戸出身です。震災前の神戸市民は県政には興味が薄く市政のみを見ていたように思います。神戸を離れて長いので、その傾向の変化については判りませんが、今でも神戸市民は兵庫県人であるよりも神戸市民であることを優先していると思います。従って、県政については神戸の意向というよりも神戸以外の地域の思惑が強いように思います。
県政は伊藤博文が9月に明治元年となる慶応4年(1868年)に初代県知事を務めてから革新系知事は2期8年だけです。長期政権が多く斉藤知事の前も坂井知事4期、貝原知事4期、井戸知事5期連続と続いていました。しかも、この知事達は総務省(旧自治省)出身者が継続しており、斉藤知事も総務省出身です。従って、保守の中でも政権与党である自民党が極めて強い地盤が出来ていました。特に、斉藤知事の前任の井戸知事は、震災対応をした貝原知事の下で副知事として活動し貝原知事の突然の交通事故死の後に立候補して当選し知事に就任しました。副知事時代から含めると9期30年ちかく県政のTOPにいましたので、様々な癒着や依怙贔屓が問題になっていました。そこに、登場したのが斉藤知事であり、斉藤知事を担いで県政与党である自民党支配に反旗を翻したのが兵庫維新の会でした。今回の事件の裏には、この政争が絡んでいることは明白です。しかしながら、今回の事件は、長らく官僚と政権与党に牛耳られた県政の改革という命題とは大きくかけ離れた稚拙な行為と言わざるを得ません。
本来、斉藤知事に対する疑念についても単純なパワハラ事件です。本人は、県政改革に邁進していたと言っていますが、一部に行き過ぎがあったことは否めないと思います。それがパワハラか否か?は司法の判断することですし、以前から申しておりますように公益通報者保護法への抵触についても司法判断すべき事項だと考えます。しかし、司法判断に委ねる為には、家族や職員からの訴えがないと訴訟そのものが始まりません。訴訟の動きが不明確なうちに維新の会や自民党が政争にしたこと自体に疑問を感じています。実際に、選挙活動に関する訴訟は開始されましたが、発端となったパワハラについては百条委員会に委ねられたままです。
尚、今回の返り咲き選挙において、県民はパワハラしているかもしれない人のパワハラ疑念は大目に見て県政改革を続けて貰いたいと判断したのでしょうか?小生は、パワハラ行為そのものがねつ造であると決めつけて選んだのではないか?と考えています。司法で判断すべきことを選挙で上書きにするのはもってのほかです。今後、仮に百条委員会でパワハラへの認定がなされれば、その後の議会の動きに注目したいと思いますし、選挙が行なわれることになれば県民の判断を見たいと思います。
いずれにしましても、兵庫県政には官僚と政権与党に長らく委ねられた歴史があり、その功罪を判断し、何らかの改革を行なう必要は残っていると思います。
以上