今回は大きな変革の中でIT産業の職種の変化について考えます。これまで、IT産業の花形職種と言えばSE(システムエンジニア)でした。コンピュータが登場した頃は、電子計算機と呼ばれておりましたようにコンピュータの性能も限られており計算が主体でしたので、情報システムといっても会計などの業務の計算処理が中心でした。従って、SEの主な仕事はプログラム作成でした。その後、コンピュータ性能の大幅な向上により販売管理や生産管理といった業務システムが構築されるようになり,SEの仕事はシステム設計とプログラム作成に分かれていき、職種もSEとPG(プログラマ)に分化しました。更に、企業システムなどの大規模システムが稼働するようになると、システムの構造はモジュールと呼ばれるマスタ管理、業務計算など機能別に作成された幾つかのシステムを統合して動かすようになり、システム設計の仕事も、全体システム設計、モジュール設計、プログラム設計と分化していきました。加えて、システム開発に携わる人の数も1000名を超えるプロジェクトも一般的になっていきましたので、システム本稼働までのプロジェクト管理をSEが担うことになっていきました。この頃から、プロジェクトマネジメントと全体システム設計の出来る上流SEとモジュール設計からプログラム設計を行う下流SEとSEの中に階層が生まれました。上流・下流という呼び方は、システム設計を行う手順は、全体設計が完成してからモジュール設計と順次行われることを川の流れに例えた呼び方です。SEの値段は「人月」という一人で一ヶ月働いて出来る成果物を単位としており、人月単金も上流が高価で下流、プログラマと安価になっていました。このようにして、IT産業の頂点に上流SEが君臨する構造が生まれました。
しかしながら、以前からお話ししていますが、SEとPGには大きな弱点があります。それは、システム開発を行う際のシステムインフラに従属するということです。OSやDB(データベース)のルールに従って開発するしか有りません。上流SEも同様です。OSやDBが異なれば設計も全く異なる場合もあります。加えて、我が国のSEは、お客様のシステム開発を請け負っていた為に、アプリケーションと呼ばれたお客様システムの開発に携わるSEが主流でした。その為に、SEの中でもアプリケーションSEと呼ばれるお客様システムの開発を行うSEが重宝されていましたが、これは、我が国独特のものでした。何故なら、海外ではアプリケーション開発はお客様が行うものであり、SEはその指導を行うことが主務でした、
アプリケーションパッケージについては、今やSAPやSFAが主流となりましたが、これらは全て海外製品です。我が国には多くのパッケージがあり、海外よりもむしろ早くからアプリケーションパッケージが登場しておりました。しかしながら、これらのパッケージはアプリケーションSEの工数削減ツールとして開発されたものが多く、お客様が本来開発すべきアプリケーションの完全代替システムとして開発された海外製品に対抗出来なかったと今更ながら気付きました。
一方、海外でのSEの主な仕事はSI(システムインテグレーション)と呼ばれるものであり、システムインフラの組み合わせを決定することで、我が国ではインフラSEと呼ばれる職種でした。更には、実際にプログラムを作成出来るPGが重宝されており、我が国とはことなり、優秀なPGはSEよりも高給を得ていました。今もこの傾向は続いています。
クラウドサービスの登場でアプリケーションパッケージはクラウドサービスに変容していきますので、我が国に君臨していた多くのSEの仕事は消滅していきます。
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