10月に郵便料金の値上げが実施され、マスコミでも取り上げられておりますし、郵便料節約に関連するITサービスのコマーシャルもよく見かけます。郵便サービスについては、土日の配達を取りやめる一方で、指定郵便局制度を復活させるなどの業績向上策も提示されていますが、小生には不可解な施策として写っていました。
何故、不可解と考えたかといいますと郵便事業の付加価値を情報伝達の仲介と位置づけているからです。今回の値上げや土日配達中止は、あきらかに情報伝達の価値を低下させています。小生は、経営において最も大切なことは、企業の提供する付加価値を守ることだと考えています。その意味では、手紙や葉書などの紙による情報伝達に代わる情報伝達手段を用意したうえで変更することはあり得ると思っていますが、代替策も持たずに自らの付加価値を下げることは、企業の存続を諦めたものとも思えます。その中での指定郵便局制度ですから、郵便事業を核としたものではなく、施設処分の一環と勘ぐっています。今の日本郵便の経営層には表面上の経営数字を良くして、大株主である日本国政府に媚びることしか頭にないのではないでしょうか?
そこで、今回は郵便制度について歴史を振り返りたいと考えました。皮肉なことに日本郵政のホームページに詳しく纏めてありました。そもそも、郵便制度は、律令国家成立当初の奈良時代から駅制度として存在していました。駅制度は時代が変わっても存続していき、江戸時代に全国に整備されて飛脚が発達していきました。明治新政府が官営事業とするのですが、最初は、明治になって会社組織となっていた飛脚業と対立します。しかしながら、切手に代表される料金の統一と全国均一配達制度とするための法整備を行い、最終的には飛脚業を無くしました。更には、両替商の役割であった為替事業も郵便事業に吸収して金融事業とします。大正になり拡がり始めた保険事業についても、国民が一般的につかえる簡易保険制度を起し官営保険事業も吸収しました。今更ですが、民営化にあたって分社化された金融事業も、駅制度の上に乗かっていた各種商売を吸収したものとわかりました。これらの事業を纏めていたのが、近代国家成立に向けて、通信、運輸、エネルギーという国家基盤の構築を一手に引き受けていた逓信省です。明治・大正という時代には、新国家建設という理想があり、通信・運輸・エネルギーなどの社会インフラを全国隅々まで拡げていき先進国であった欧米以上とも思える社会インフラを国家基盤として整備されました。
第二次大戦後、米国の占領政策でもこれらの事業は官営のまま継続しておりましたが、戦後復興の中で、時の政府は、国鉄、電電公社、郵政公社と次々に官営事業を公社化していきました。その後、規制緩和の名目のもと、公社が民営化(営利企業化)されて現在にいたっています。今回の件で、よくよく振り返りますと、これら民営化された企業の大株主は政府であり、民営化とは政府ぐるみで国家戦略よりも金儲けに走ったようにも思えます。
郵便事業については、情報伝達手段が紙からデジタルデータに変わっていくなかで事業継続が困難になっていると思います。しかし、デジタルデータには電力依存とフェイクをしやすいということに加え、磁気データでは 100年で劣化するという保存期間の問題があります。従って、紙情報も引き続き存在することは確実ですので、郵便局やポストなどの郵便にかかわる施設の廃止だけでなく、図書館や各種資料館、美術館などの紙情報を今後も扱うであろう施設との統合を考えるべきではないでしょうか?
以上