なりすまし広告に関してSNS提供ベンダーへの非難ともとれる発言が盛んに報道されており、提訴もなされて法整備の必要性も論じられています。しかしながら、小生は、ネット社会の根底に流れる思想が「個人主義思想」であることを、もう一度、振り返るべきと考えております。といいますのも、前回お話をしましたように、SNS提供ベンダーの運営は民間営利企業の経営判断に委ねられており、民間企業が情報提供仲介業者による情報価値評価を自由に行えることになれば、それは営利判断による言論統制にも繋がると思えるからです。小生は、各社による規制制度よりも閲覧者が投稿内容の評価を行う為の情報公開を優先すべきと考えています。例えば、勧誘が多い、他者批判が多い、他サイトへの誘導が多い、などの投稿者やサイトの特徴を公開することです。加えて、なりすましに関する本人からの訴えがあることもリアルタイムに公開すべきでしょう。アクセス数とツィートコメントだけしかない貧弱なサイト評価のしくみに不備があると考えています。サイト評価を行うことで、閲覧者が騙される機会は減ると思いますし、評価されることを嫌う投稿者がいなくなることでSNSの差別化も進むと思います。
インターネット社会とそれを加速するしくみであるSNSを登場させたのは、全て米国企業です。AIなどの先進技術も米国が中心です。そこで、米国と他国との違いを考えてみみました。一番の違いは、米国社会は封建制度を経験していないということだと愚考しております。勿論、植民地時代に短期間の経験はありますが、独立戦争による米国誕生からは経験をしていません。独立戦争には、宗教的にも君主と結びついたカトリックではなく、ピューリタント革命の側面もあり、封建主義の否定に繋がっていました。更には、封建的な傾向の強い南部の大地主を抑えるために奴隷解放を名目とした南北戦争をおこない、移民についても、これまでは容認の姿勢でした。
このような歴史を持つ米国社会の底流には、君主と領民という封建制度を経験していない「個人主義思想」が色濃く流れています。政治では、帝国主義に対抗する為の大統領制を基軸とする民主主義を進化させました。合衆国という名前に代表される州制度にも地域分権に根ざした民主主義が生きています。経済活動においても、個人投資家優先、起業家優先という個人主義に根ざした新しい米国型資本主義を確立しました。本雑感でも以前から触れておりますIT使用の大前提である「at your own risk」も同様の理由によるものと考えています。「個人が自由で平等な新天地」こそが、長らく米国の理想であり、それが、ネット社会にも反映されていると思います。
上記のようにインターネット社会は、個人主義に支えられた米国社会だからこそ産み出せたといっても過言ではないと思います。その為には、前回触れました、意思疎通の革命に伴い個人主義が台頭していくと考えています。その中で重要となるのが「個人尊重と自己責任」にある思います。
いうまでもなく「個人尊重」ということが出来れば、ヘイト発言に代表される自己中心的な方は排除される筈です。その為にも、最初にお話をしましたように情報発信者を評価するしくみを充実させて欲しいと思います。加えて、匿名問題が議論されていますが、厳密な本人確認を伴う実名しか許さないSNSも登場すると思われます。こちらは、国家や企業などが運営することになり、リアル社会との関連を持った法整備などもこのタイプのSNSで進展すると考えています。「自己責任」とは、簡単に言えば「騙される方が悪い」ということです。我が国では「騙す人が悪人」という社会通念が強いのですが、ネット社会では通用しないと考えます。どちらかというと中国思想や欧米にある「騙せる人が智者」ということになります。
ややもすると「お上」に頼る傾向のある日本人ではあるのですが、相手も含めた「個人尊重」に支えられたネット社会に臨む姿勢が一人一人に求められていると愚考しております。
以上
2024年4月28日
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カテゴリー : ICT , 閑話休題
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投稿者 : csf-ishii