今回は、OS(オペレーティングシステム)について考えてみます。OSはITシステムの核であり、IOT(インターネットありきの世界)やDX(デジタル革新)においても、核としての位置づけは変わりません。従って、新らたなOSの登場も含めてOSの進化にITの未来は左右されるといっても過言ではありません。
IT主役として最初に登場するのが汎用機(汎用コンピュータ)です。現存する汎用機OSはIBM社のMVSとIBM互換をうたった富士通や日立などの国産勢OSが続きます。IBM互換とは、OSの互換性を担保することにより、ユーザに蓄積されたソフトウェア資産及びデータの互換を保証することです。これにより、当時、圧倒的TOPシェアを誇っていたIBM機からの入れ替えを容易に行えることになりました。長らく米国において法廷闘争もしておりましたが、現在、生き残っている汎用機はIBM機と互換機が殆どです。IBM非互換としてはユニバック社が最大勢力ですがその数はごく僅かです。。
次に汎用機に近い存在としてミニコンが登場します。こちらは、汎用機に対して、技術計算や機械制御などの専用機として活躍していました。ミニコンOSの代表はUNIX(ユニックス)です。当時、ミニコンTOPシェアを獲っていたDEC社が販売していたVAXにもVMSというUNIXが搭載されていました。当初はミニコンメーカ各社でUNIXを開発しており、メーカが異なるとデータ互換はあってもソフトウェア互換は保証されていませんでした。やがてUNIXは、メーカが異なっても互換性を担保する為に、国際標準が制定されて現在に至っています。
次に登場したのがパソコンです。パソコンOSの代表はいうまでもなくWindowsです。こちらは、汎用機OSやミニコンOSのように互換路線はとられませんでした。Windowsの競合相手はiOSです。MS社はWindowsの開発過程において、結果論かもしれませんが、汎用機OSとミニコンOSの技術融合という面白いことをしています。MS社が登場した当初はOSをハードメーカに提供し、市場への販売及びサポートはハードメーカ任せになっていました。従って、同じMS社OSでもハードメーカが異なれば互換性がありませんでした。当時我が国でTOPシェアを誇ったのがNEC社のPC98です。その後、MS社はハードメーカ依存からの脱却を図り、IBM社と提携してPCハードの国際標準機としてDOS/V機を登場させます。そして満を持してMS-DOSを販売します。DOSとはIBM社が最初に登場させたOS名です。その後、MS社はMS-DOS 後継OSとしてWNTを登場させます。今ではWindows-NTと呼ばれていますが、WNTは開発コード名でその謂われはDEC社のミニコンOSであるVMSのスペルをそれぞれアルファベット順で一つ進めたものです。MS社は新OSの開発に当たりDEC社のOS開発チームをスカウトしたことに由来しているとも言われています。汎用機の代表であるIBM社のOS技術とミニコンの代表であるDEC社のOS技術が、MS社のパソコンOSに同居することになりました。PCは、汎用機とミニコンの両方の後継機として着目されておりましたので、、それもまた当然の成り行きだったのかもしれません。今では、大多数の汎用機とミニコンがパソコンに置き換わっています。
以上のようにOSは、コンピュータメーカのOS開発部隊に依存していました。そこに風穴を開けたのがソフト専業メーカとして登場したMS社です。しかしながらメーカの独占物であることに変わりはありませんでした。ITシステムを動かすプログラムはOSに依存しますので、メーカに依存することなります。プログラムの独立性を担保する為にフリーソフトが生まれました。MS社がUNIXをベースとしてWNTを開発したように、フリーソフトも国際標準のUNIXをベースに開発されました。それがLinux(リナックス)です。
これまでのOSはコンピュータシステムとして動作していました。ところが、産業機器や自動車エンジンなどの制御を行うICチップに搭載される組み込みソフト用のOSは上記とは異なる動きを見せています。その延長にあるOSがスマホに搭載されているAndorid(アンドロイド)です。こちらのお話は次回にいたします。
以上