真鍋淑郎氏のノーベル賞受賞に関連して、地球温暖化に関する小生の認識が間違っていたことを猛省しております。小生は、気象には復讐作用というものがあり今の温暖化の次に氷河期が来ると認識しておりました。この説は、歴史でも実証されており、天明の大飢饉は、ミニ氷河期だったという研究結果が出ています。従って、温暖化が進んでも、どこかで気象の反動が来て平均気温が下がると楽観的に考えていました。
ところが、今回の受賞に伴い真鍋先生の説を、よくよく読んでみますと、気象の復讐作用を起こしていた地球の気象システムそのものを人類が壊していることに気付かされました。このままでは、いくら待っていても気象の復讐作用は起こらず温暖化が益々進展していくということになりそうです。既に手遅れという説もありますが、先生の予想に対して、どのように対策をしていくのか?二酸化炭素排出量の削減だけでなく、小生の思いつきではありますが、人工の光合成のようなしくみも考え、積極的に気象に関与していかないと地球の気象システムそのものが、人類の生存に適さないものに変貌していくのかもしれません。地球からすると、地表に増えすぎた人類を受け入れられなくなったという単純なことかもしれません。いずれにしても、先ずは、危機感の共有が大切だと考えます。
そこで今回は、小生の失敗に鑑み、歴史と科学について改めて考えてみました。気象については、歴史よりも科学を重視すべきでした。勿論、科学の根拠となる過去データは存在しますし、過去データを分析することから科学は始まると理解しています。しかしながら、科学から導き出された予想や予測は、過去データの延長にはありません。その為に、真鍋先生は、海洋と大気という二つの要素を組み合わせた気象モデルを構築されました。今後は、宇宙、特に、太陽の影響も考慮されるようになるのかもしれません。いずれにしましても、科学の世界では、過去データから未来データを予測し、予測値と実績値を分析することで、更に、その精度を高めていく研究が継続されます。科学とは、現象に関する予測を行うものであるという認識を強くしました。気象予測は、科学の世界であり歴史の世界ではないということです。小生が歴史から判断していたことが、そもそもの間違いだったようです。その意味では、コロナ禍に関しても、もっと科学を活用すべきだと感じます。こちらも、過去のパンデミックの事例を学んで考えることも言われておりますが、圧倒的にコロナウィルスに関する科学が不足しているのではないでしょうか?
それでは、歴史はどのように使えばいいのでしょうか?小生の結論は、歴史は、人の行動を予測する為のものであると言うことです。人類の進化において、最も進化の少ないのが脳だと言われております。加えて、過去の書物を読みますと、人間の欲望、感情、道徳観などは、過去から殆ど変わっていないように思います。ですから、人が、次にどのような行動をとるのかについては、歴史に学ぶべきだと考える次第です。意思決定の際に、参考にすべきが歴史という考えに至りました。勿論、意思決定に際しては、科学の力も必要ですが、科学よりも歴史に倣うことの方が有効だと考えています。
歴史と科学、この二つを学ぶことは、とても重要ですが、今を捉えて未来を考える場合、歴史は人間の意思決定と行動予測を、科学は事象予測を、と分けて考えることが重要だと痛感した次第です。
以上