公私の別 営業雑感No.67

 今回は、前回の優先順位にも関係する公私の別について私見を纏めました。営業職をはじめとするお客様と接する方を基本にしています。一般的には一緒に時間を共有する人物(立場・同級生・仕事上等々)か、勤務時間をベースとした時間か、のどちらかで判断されていると思います。しかし、小生は、人物でも時間でもなく、以下のように時間に対する対価の有無で判断しております。

①公とは、給与など対価を約束された時間で行われる全ての行為。

②私とは、対価が約束されていない時間で行われる全ての行為。

 小生定義では、同じ相手と過ごす時間でも、勤務時間内(残業含む)及び接待など費用が会社で負担されている場合は「公」、休日バーベキューやゴルフなど自腹で行うものは「私」と判断しています。尚、お客様から奢って頂く場合は「公」と考えるほうが無難です。従って、同じお客様でも、「私」の時間は「友達」として付き合う訳ですが、「公」の時間の「お客様」付き合いと余りに大きなギャップは、人格を疑われますのでご自身で判断して「私」といえど節度を持ってお付き合いすることが前提となっています。この微妙な公私の切り分けがお客様との友達付き合いという、小生目指す究極の営業スタイルの要です。

 ここで、いろいろとご意見の分かれるのが、休日つまり「私」の時間における、お客様からの電話等、仕事に関する事象への対応についてです。「私」の時間は、電話にも出ないというような、一切、仕事を受け付けない方もおられますし、お客様第一で、何があっても仕事優先という方もおられます。この問題への小生の答えはとてもシンプルです。第一義は、時間の対価の保証は雇用契約で規定されておりますので、これに従うのがルールです。お客様との問題は契約に従うこととして休日対応については契約ありきとして考える方も多いですが、こちらはSLA(サービスレベルアグリメント)の問題ですので、お客様との代金回収問題であり、社員としての対応については雇用契約が優先されます。ところが、休日対応の賃金規定はありますが、電話対応などの細かな規定は作成されていない会社が多く、第二義として社会常識に従うしかないというのが、判断を難しくしています。更に、第二義の社会常識は、以前お話ししたように、東京国と日本国ではかなり異なっております。東京国では、お客様とのSLA契約ありきが一般的になりつつありますので、契約の無いお客様からの休日コールは極端に減っておりますし、連絡を頂いて対応しなくても大きな問題とはなりません。しかし、東京国以外の日本国では未だ難しく、社会の不文律が優先されているというのが小生本音です。つまり「休日であれ、業務を行っている場合の緊急対応は契約にかかわらず応対して欲しい」という暗黙知には応えるしかないと考えています。東京以外の日本国では、未だお客様の意識改革が進んでおらず、お客様も我々も同じ社会に居る訳ですから社会の暗黙知(文化?)を共有するしかないと考える次第です。

 仮に「私」の時間は一切「公」はシャットアウトという考えをお持ちの方がおられればそれが出来る社会や会社を選ぶことが早道です。完璧な「私」の時間を作ることは、人間関係の濃い地域での職業人には縁遠いものかもしれません。しかしながら、お客様にも、この考えをお持ちの方もおられますので、同じ考えを持つ方同士で面白いコミュニケーションがとれる可能性は高いです。つまり、自分が関係する全てのお客様や仕事仲間に、ご納得頂くように相対で話合いをすることです。働き方改革やBYOD (Bring your own device)なども深く関係しますので、一度、お客様含めた関係者と話し合う場を設けることは有意義だと考えます。

 小生の場合は、全て「公」と割り切って「私」の時間が持てればラッキーと考えるようにしております。今では死語となった「企業戦士」の生き残りですから、社会は常に戦場と見ておりました。それだけに「私」の時間が持てれば、いろいろ詰め込む癖が抜けません。独立してからは、文字通り「私」の時間は全く無くなってしまいました。加えて、前述しました、小生の考える営業の究極は、お客様からは全ての時間がお客様にとっての「私」と同様にお付き合い頂けるようになることだと愚考しております。言い換えればお客様には積極的に公私混同を行って頂ける関係となることです。その為には、お客様もこちらの公私の対応は、判断されていますので、自分の公私の判断をお客様から見えにくくすることがミソと考えますので、全て「公」と割り切りお付き合いすることで実現できると考えています。

 公私の優先順位にいては、個人の価値観(人生観と仕事のやりがいのバランス)の問題と考えますので論評は控えさせて頂きます。

以上