1対n実験場 営業雑感NO.311

 今回は、今のインターンネットによるコミュニケーションと5年先のそれとは、大きく異なると考えておりますので、それについて纏めます。

 先ずは、今、問題となっているSNSでのコミュニケーションは1対nでの問題です。あたかもネット社会で多数派が形成されているようなマスコミ報道がありますが、1対nの問題でしか有りません。特定の1に対応しているnの数がフォロワーとして集計されてフォロワーを多数抱えた発信者が評価されているいうだけのコミュニケーションです。1対nは、いうまでもなくマスコミの得意とするところですが、マスコミが一方通行の情報発信しか出来ませんでしたが、SNSは、nも発言できる双方向通信になっているところがミソです。以前から私は、今のSNSは巨大な井戸端会議といっていますが、正しくは参加者が自由に発言出来るn対nの会議にもなっていません。テレビのチャンネルを切り替える感覚で発信者を選んでいるだけです。但し、選んだチャンネルの中で自分の意見が発信出来て同じ発信者をフォローしている方にも見えるというところが、マスコミ放送との違いです。少し、事情を複雑にしているのは、フォロワーであるかたが、発信者としても自分サイトを持っていれば、同じ発信者をフォローしている方同士でお互いのフォロワーにもなれるということです。しかしながら。基本は1対nでしかなく、発信者も視聴者(フォロワー)も興味本位であることは否めません。よく話題になるフォロワー数はテレビの視聴率と同じもので、興味を表す指標でしかありません。

 小生は、1対nの本家であるマスコミが素人の1対nを取り上げることが、SNSの持つヘイトスピーチなどの問題点を助長しているだけだと考えます。ケーブルテレビやネットチャンネルの持つ情報としての信頼性確保は、テレビと同等かもしれませんが、個人で出来る情報の信頼性確保は曖昧になるのは当然で、その情報に反応している方が多くいたとしても意味は無いでしょう。Xであれ、インスタであれ、その場所を選んだ人がその場所の中で楽しめばいいだけです。一部マスコミには、これらのSNSとの融合を掲げているところもありますが、小生は別世界だと考えています。つまり、インターネットの中の限定された社会を、今のSNSが提供していると捉えています。

 SNSが、個人の価値観を自由に表現出来る場であること評価しますし、芸術など、その限定された社会で評価された方を、従来のマスコミの中に招くことはあっても才能発掘という面では良いこととですが、限定された社会で、価値観の共有を得やすい方か否か?をリアルタイムにフォロワー数で評価出来るだけで、それ以上でもそれ以下でもありません。仮にマスコミが利用するのであれば、マスコミ自身がその限定した社会に情報発信者として参加して、フォロワーの反応を見る程度に留めるべきではないでしょうか?

 小生は、この先にn対nコミュニケーションの世界が拡がると想定しています。いうまでもなくn対nは各種会議体で実現しています。今使っている手段で、n対nに有効なものはグループチャットだと考えています。このグループチャット機能とTV会議を組み合わせたもので、経営会議や部会などの企業における会議体を変革するものが最初に登場すると思います。GoogleやMSはあきらかにこれを狙っています。株主総会や経営会議専用のものも登場するでしょう。そして、それが進化することで、だれでも自由にネット社会で会議を行うことが可能になると考えています。勿論、このしくみでは実名が基本になるでしょう。その際、マイナンバーカードが本人認証にでは大変、有効なものです。これらの新しいしくみが登場することで、現状のSNSとの棲み分けが自然に発生していき、端的にいいますと、企業も含めて公的なコミュニケーションはn対nに、個人の私的なコミュニケーションは1対nに分かれるのではないでしょう?

 いうまでもなく、公的n対nの登場によって、議会制度も行政制度も革新的な変容が生まれると愚考しています。但し、注意すべきことは、独裁者にとって有効な手段は1対nです。n対nは民主主義と極めて相性いいしくみですが、独裁者にとっては、n対nが登場する前に、現状の1対nを駆使して支配者として国民を管理することを狙う方が登場することを危惧しています。

以上