人と繋がる手段 営業雑感NO.309

 最近つくづく感じていることは、インターネットがもたらしたものは、話題になっているIOT/DX/AIなどのICT面の革命ではなく、人と人が繋がる手段に革命が起きているということです。そこで、今回は人と人の繋がりについて少し考えたうえで、インターネットのもたらした人と人の繋がりを助ける新しいコミュニケーション手段について、小生の考えを纏めます。

 人と人の繋がりの基本は親子関係だと思います。この繋がりは本能というべきものでしょう。ところが、人と人が繋がる手段が進化するにつれて、この本能的繋がりが希薄になっていくように感じています。哲学、倫理、宗教なども結局のところ本能との折り合いを付ける手段とも思っています。

 人と人の繋がりについて、最初に出現したものは言葉だと思います。原始の言葉は、うめき声や眼の動き、顔の表情などだったのでしょう。それが、言葉として進化していくキッカケは集団の形成によると考えます。家族という個の繋がりから、よりよい生活に向けて集団生活を営むようになり言葉が発生したと考えています。

 言葉に続いて発生するのが文字になります。文字の登場が文明発祥の起源と学校で習いましたが、文字と言葉の違いを改めて考えてみます。文字の持つ一番の価値は記録として残る事でしょう。記録として残ることで、文明を支える様々な発明が時を超えて繋がっていくことが可能になります。集団生活に必要な様々な決まり事や契約などを、その場限りにしなくてもよくなります。最初に言葉があり、それを記録する手段として文字が生まれ集団生活を支えたと考えています。

 文字の発達していく過程で物語が生まれたと考えています。個人の空想を、お話として纏めたものが物語ですが、空想の内容は、個人の住む土地と時代を顕わしており、それぞれの土地に根ざしたものとして発達していき、その土地柄を顕わしたものとして残っていると思います。物語と土地は、深く関連していると愚考しております。又、言葉と文字と並行して発達したものが絵と音楽と考えます。物語は、言葉と文字を絵と音楽とつなげる役割を果たしたとも考えています。

 横道にそれましたが、言葉と文字は、人と人の繋がりにおいては、今でも絶対的な手段であり、人と人の繋がりにおいて最も得るものが多い手段は、言葉による面談だと確信しております。文字による手紙は、面談したことのある相手との間で、空間を超えるものとして進化したと考えています。最初に手紙から始まる文通などの繋がりにおいても、最終的には面談にいたるのではないでしょうか。その意味では、会話の課題である空間を超えるコミュニケーション手段として登場した電話は、画期的なものであったと考えます。次に、手紙の課題であった時間を超えるものとしてメールが登場しました。更に、電話が進化したものとしてTV会議が登場したことで、人と人との繋がりの手段の進化は終わったというのが持論です。

 それでは、インターネットのもたらした新しいコミュニケーションとは何か?です。それは、n対nのコミュニケーションです。n対nのコミュニケーション手段として、これまで存在していたものは会議です。マスコミは、1対nでの情報伝達手段として、その手法を進化させていました。会議のもつリアルタイム性の高いn対nのコミュニケーションに、マスコミの持つ1対nの手法をとりいれたものがSNSだと捉えています。且つ、nの母数が、全世界を対象とした、極めて巨大なものです。言葉と文字は集団生活に必要なものとして登場しましたが、1対1の繋がりを基本としており、n対nのコミュニケーションについては、会議以外に、大きな進化を遂げていません。今の状況は、まさにn対nのコミュニケーションの巨大な実験場であると捉えています。小生は、n対nで議論をするテーマによって使用する手段を取り替える方向に進化していくものと考えています。国会に代表される立法府での手段、会社経営での株主総会・経営会議での手段、地域の寄り合いの手段など、様々な会議体が新しい手段によって進化していくものと想定しています。ですから、発展途上にあり登場したばかりの今のSNSは、もっとも初期的なn対nコミュニケーションである巨大な井戸端会議として扱えばいいと考えた次第です。

以上

2024年8月18日 | カテゴリー : ICT | 投稿者 : csf-ishii